44.決意

決意1

 竜というのは、どうやらただの獣ではないらしい。

 人と共に戦い、空を飛ぶだけじゃなく、必要とあらば人間に変化へんげすることもできるし、魔法だって使える万能生物のようだ。

 初めて会ったときにテラが言っていた。『“この世界”で竜は人間と同等、もしくはそれ以上の存在』であり、『“世界の狭間に最も近い生き物”』なのだと。

 世界の狭間というのが、“表”と“裏”の間という意味なのだとしたら、竜は二つの世界を自由に行き来できる存在なのか。はたまた、“人間”と“魔物”の間、そのどちらにも属さない特別な存在という意味なのか。

 どちらにせよ――、一匹の好奇心旺盛な竜がいて、そいつが干渉者・芳野美幸に興味を持ち子を産ませたと、ディアナはそう言った。二つの世界、二つの種族の間に生まれた決して歓迎されるべきではない子。それが、美桜。

 馬鹿らしい。

 いくらディアナの言葉だからって、簡単に信じられるはずはない。

 美桜が、竜の子? 馬鹿な。

 彼女はどこからどう見ても、普通の女子高生だ。そりゃ、男なら誰もがドキリとするくらいの美貌で、どこか浮き世離れしたような雰囲気を持ってはいるけども。父親は人間じゃない、しかも、レグルノーラにしか存在し得ない竜だなんて、そんな滑稽な話があるか。


「信じられないと、言いたげだな」


 ディアナは眉間にしわ寄せ、向かいのソファに座る俺の顔を覗き込んできた。


「そりゃ当然……。彼女のDNAでも調べたんですか? それとも、誰かが現場を目撃していたとか? 客観的事実がなけりゃ、そんな話、誰も信じませんよ」


「この世界でも医学はそれなりに発達してるからね。調べたよ。結果、美幸自身にも僅かながら変化があった。身体の組織に、竜にしか存在しない細胞がいくつか発見された。表面に出ないほど微細な量だったが、それこそが竜に犯された客観的な証になった。美桜も、同じように検査を受けた。やはり、美幸と同様、竜の細胞が身体の至る所にあったし、一部、人間にはない遺伝子構造が見受けられた。ただ、見た目は全く人間と同じ。お前の言う遺伝子レベルで、彼女は人間と殆ど大差ない。美桜が竜との合いの子だなんて、情報が無けりゃ判断は難しいほどだ。だけどね、その生まれながらにして持ち得た魔力は、明らかに人間のそれじゃない。あの子はあんなにも幼いのに、大人と同じように魔法を使う。お前も干渉者なら、力の使い方に苦労しただろう。あの子はそれを、あの歳で平気でやってのけるのだよ」


 遺伝子とまで言われると、ぐうの音も出ない。

 俺を納得させるためにそんなことを言っただけなのかもしれないし、実際とんでもない数値が出ていたのかもしれないが、ディアナの言葉はザックリ胸に突き刺さった。

 隣で泣き崩れたままの美幸。その背を擦り、膝の上で解放し続けるテラ。そして、真実を受け入れろとばかりに向かいで凄むディアナ。

 広い応接間の中でも息苦しいのは、ディアナの吐き出す紫煙のせいじゃない。想定の斜め上からとんでもない事実を突きつけられた故の衝撃。


「つまり、美桜は半竜半人だと」


「恐らくは。未だに竜の姿になんて、なったことはないようだけどね。何らかのスイッチが入れば、変化してしまうかもしれない。だがそれは、誰にもわからないこと。竜が人間に化けるのと同じだとは思わない方がいいだろう。最悪、彼女の意識自体が消し飛び、ただの一匹の竜になってしまうかもしれないだなんて、警戒している輩も多い。まだ小さいウチなら何とか止められるだろうが、成熟した竜は人間の力じゃ簡単に押さえきれないからね。仕留めるなら今のうちってところだろうさ」


「でも竜は、この世界では特別な存在なんじゃ」


「“合いの子”は歓迎されないと、何度も言った。人間の血が混じったらどうなるかなんて、どこにも記録がない。だから恐れおののいてるんだ」


「だけど、だけど未来では、少なくとも俺の居た未来では、美桜は頼りにされてた。命を狙われている風には見えなかったし、市民部隊のライルとも仲が良さそうで。おかしいじゃないですか。あなたの言うこととはまるで逆だ。彼女は未来で、この世界を襲う悪魔と戦ってる。竜との間にできた子供だなんて、忌み嫌われた子供だなんて、悪い冗談だ。俺を困らせるためにみんなで嘘をつきあってるとしか思えない。第一、ここは本当に過去なのか。悪い夢を見せられてるだけじゃないのか」


「悪い夢なら、その方がいい。だが、コレは現実」


「現実だなんて、どうやって判断すれば。こんな……、こんな無茶苦茶な話、どうやって信じれば」


 乱暴にキセルを置き、ディアナはスッと立ち上がった。ローテーブルの縁を回り、俺の真ん前に立って、歯を食いしばり、目を見開いたかと思うと、大きく右手を挙げた。

 バシンと激しい痛みを左の頬に感じた直後、俺の身体は半回転し、ソファの座面でバウンドした。凄まじい平手打ち。骨まで響く、強烈な痛み。

 乱れた赤いドレスを直しながら、ディアナは息を荒げ、凄んだ。


「その痛みが、現実の証だ。信じるか信じないかは、お前の勝手。未来で事が好転しているのだとしたら、これから現状を変える何らかの出来事が起きるという合図だ。私たちはそれに、これから望まなくちゃならない。未来からやってきて口を挟むだけのお前と、これ以上話を続けても無駄だ。私たちはこれから森へ行く。帰るならとっとと自分の時代に帰るんだね」


 ディアナはフンときびすを返し、今度はグルッとソファの後ろを回って、美幸とテラの方へ向かった。


「あ、あの」


 俺は頬を擦りながら、肝心なことを聞かなければと立ち上がった。


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