竜の子2

 俺の知っているディアナとはまた違う、優しさと憂いを備えたような、静かな顔をしている。


「その方がいいと思う。私も賛成だ」


 テラもそう言って、美幸の背中を撫でた。


「森の中なら、多少何か起こっても、誤魔化しがきく。美桜が自分の力を制御できるようになるまでは――せめて、街とは切り離して置いた方がいいのじゃないかと、私は思うんだよ。どうだい、美幸。前向きに考えてはみないかい」


 はい、と、美幸は小さく返事したが、背を丸めうつむいた横顔からは、事態の深刻さがうかがえた。


「森には、魔物が出ます。そんなところに、美桜を連れて行くなんて」


「周囲に結界を張って、魔物などより付かないようにしたらいい。魔物と言っても、動物を少し凶暴にさせたくらいのもので、砂漠のそれよりずっと大人しいじゃないか。心配なら、追加で野生種の竜一匹をあてがってやろう。竜が二匹も居れば、魔物はおいそれと近寄ってこない。それなら、美桜と二人、ゆったりと過ごせるはずだ」


 さっき幼い美桜と居たときに見せていた、あの生き生きとした表情は消え、美幸は真っ青な、葬式のような表情をして、ずっと足元に目線を落としている。

 会話が、見えない。

 さっきの市民部隊の連中といい、ディアナの話といい、どうも、美桜が鍵になっているらしいことは確かなんだが。


「美桜が……、あの幼い美桜が、一体何をしたんです」


 勇気を振り絞って、俺は声を上げた。

 三人の視線が一斉に集まり、心臓がバクバクと大きく鳴る。


「美桜は、何もしちゃいないよ」


 と、ディアナ。


「今気付いたが、お前は……、この時代の人間じゃないね。そこの竜も……、おかしい。お前たちの周囲だけ、時空が歪んでいる。どこからここに?」


「み、未来から。今から十三年ばかり先の未来から、時空嵐に呑み込まれて」


「……ハハァ、なるほどね。お前から美桜のような、美幸のような人物との繋がりが見えて、不思議に思っていた。ということは、その竜も、半分は美幸のだけど、半分は……なんて、まさかね。竜があるじを変えるということは、あるじが命を落とすということ。そんなこと、あるわけ」


 そこまで言って、ディアナは俺とテラの気配をもう一度慎重に感じ取り、ギュッと唇をへの字に結んだ。


「そう、なのか。深紅はいずれ、凌の竜になると。未来は……、未来はかくも残酷なのか」


 ディアナはキセルを小箱に置き、腕を組んで悔しそうに首を横に振った。


「未来の私がここにお前を寄越したのだな。だとすると、何か重大な局面に差し掛かっているのかもしれない。やはり、ことを急ぐべきだ。直ぐにでも森へ行った方がいい。美桜が“ここ”へ来るのを止められないなら、あの子を守ってやらなければ」


「だけれどディアナ、私はいつか、美桜を守れなくなる。そしたらみんなが、美桜を狙うわ。あの子を……、あの子のことを、どうやって守ってやればいいの」


 祈るように両手を握りしめる美幸。震える肩、血の気の引いた青白い顔。とてもじゃないが、見ていられなかった。


「凌とやら。未来で美桜は、元気でいるのか」


 ディアナが突然、切り出した。


「あ……はい。元気です。すこぶる、元気で」


「本当に?」と、美幸。


「彼女は俺のクラスメイトで、俺は彼女から、この世界のことを教わったんです」


「本当に?」


「本当に」


「だ、そうだよ。美桜は、命を狙われることはあっても、失うことはないらしい。どうにかこうにか、守り抜いてみせるさ。どんな形であろうと、この世に生をなした命なんだから」


 美幸は高ぶった感情を抑えきれず、身体を二つに折って、声を出して泣き崩れた。

 彼女を支えようと、背を擦り、抱きしめるテラ。あるじに気を遣い寄り添う姿は、俺に対するそれとは全く違っていた。全力で支えたいという気持ちが、前面に表れている。家族、恋人、それらを超えた絆が二人の間にあるのだと、まじまじと見せつけられた気分だ。


「未来でお前は、美桜と深い関係にあるのか」


 ディアナの問いかけに、俺はビクッと肩を震わした。


「え……、いや……。深いというか、浅いというか」


「美桜のことを想うなら、真実が知りたいだろうな。彼女が何故、市民部隊に狙われていたのか。彼女の存在が、何を意味するのか」


 言いながらディアナはまた、キセルを手に取った。真面目な話はキセルなしではと、彼女は未来で言っていた。

 肺いっぱいに吸い込んだろう煙が、細く長く、吐き出されていく。

 視界が白く濁り充満すると、ディアナは心の中で溜め込んだセリフを、ゆっくりと吐き出した。


「美桜は、美幸と竜の間にできた子供なのだよ」


 聞き取りやすいよう丁寧に、ディアナは言った。

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