【13】悲劇

43.竜の子

竜の子1

 赤い竜は慎重に広場へと着地し、背中に乗せたあるじを俺たちの眼前に寄越した。シャープな顔立ちの竜はテラの方をしばらく見つめていたが、彼が何も言わない、言えないでいると、プイとそっぽを向き、やがて出されたあるじの合図で天空へと舞い戻っていった。

 同じ竜として何か言いたいことでもあったのか、それともアイコンタクトで二匹の竜は何かを伝え合っていたのか、俺たち人間には知る由もない。ただ、テラがばつが悪そうに顔を歪めているのが、酷く気に掛かった。

 ディアナは自分の竜が住処へ戻っていくのを確認し、完全に視界から居なくなってから、ゆっくりと周囲に目配せした。

 丸腰の俺とテラ、美幸。それを取り囲み、銃口を向けた市民部隊。それが彼女の目にはどう映っているのだろう。

 ディアナはフンと小さく息を吐き、右手で大きく髪の毛を掻き上げた。


「そんな物騒なもの向けて、何をしようってんの」


 彼女の威厳は過去でも変わらず、その一声で市民部隊が一斉に一歩下がったほどだ。

 銃口を下ろし、ライルはサッと敬礼した。


「ご存じのはずです。我々は、市民を守るために、危険因子を排除しようとしているだけ。彼女らが我々に従えば、早急に現場を去ります」


「とは言うけどね。部隊がこんな風に寄ってたかってちゃ、市民は安心して寝られないだろう。言いたいことはわかるが、力でねじ伏せれば何とかなる問題じゃない。そこは理解して貰わないと困る。この案件は私が預かろう。ライル、悪いがお前たちの出番はお終いだ。いいね?」


 ディアナが念を押すと、ライルは煮え切らないような顔をして、渋々承諾した。

 撤収がかかり、ようやく銃口の恐怖から解放される。


「すまないね、美幸。皆、気が立っているのだ」


 部隊が去って行くのを目で追いながら、ディアナは美幸に声をかけた。


「ううん。ありがとう、ディアナ。難しい立場なのに、私たちを庇ってくれて」


 美幸は眉をハの字に変えて深々と頭を下げたが、それをディアナは見ようとはしなかった。


「謝らなくていい。話は中で。ここじゃ、色々と問題があるからね」


 物言いは静かだったが、ディアナは含みのある言い方をして、長く息を吐いた。





■━■━■━■━■━■━■━■





 地上から塔に上るのは初めてだった。

 以前来たときは、ジークと一緒にエアバイクで展望台に直接乗り付けた。ダークアイに襲われながら、命からがら辿り着いたことを思い出すと、今でも身震いする。砂漠で出会った砂蟲や岩蠍も手強かったが、生き物である分、まだ戦いようがあった。それに比べ、ダークアイは不定形生物。魔法で追い返すくらいしかできなかったあれを、能力解放された今なら倒すことができるのだろうかなどと、考えたところで、元の時間軸に戻らなければどうにもならないとわかっていながらも、そんなことが頭をよぎっていた。

 地上からエレベーターに乗り込み数分、箱の中は妙な緊張感で満たされていて、ろくに喋ることもできず。唯一の会話が、


「名は?」


「り……凌、です」


「美幸の知り合いか何か?」


「ええ、まあ、そんなとこです」


 このくらいで、とても居心地のいいものではなかった。

 みんな何かを隠していて、それは大きな声で言えるようなことではないらしい……と、そうでなかったら、あの場で言うべきことは全部言えるはずなのに。

 展望台の三階フロア、一番奥にあるディアナの部屋は、相変わらず小綺麗で広々としていた。彼女が俺を誘惑した応接間まで案内され、ワインレッドのソファに座るよう促される。自分は竜だからと座るのを拒むテラをも、ディアナはいいから座れと強く言い、無理やりソファに押し込めた。


「コレで何とか、話ができそうだね」


 ディアナは満足そうに向かいのソファで、気に入りのキセルを噴かし始める。ローテーブル上の小箱には、俺が以前見たときとは違う種類の葉が入っていた。

 紫煙がディアナの口から吐き出され、独特の香りがたちこめる。匂いも幾分か以前と違うようだ。気分や用途で葉の種類や配合を変えているのかもしれない。あの時は確か、もっと花の香りが強かった。


「森にでも、隠れた方がいいんじゃないかと、私は思うんだ。街での生活は難しいよ、美幸。あんたのことは好きだけど、私はあんたを庇いきれないもの。森へ行けば、美桜だってのびのび過ごせる。魔法を使いたくて使いたくて仕方がない年頃の子供を、アパートメントのあの小さな部屋の中に隠しておくのは無理なんだよ。市民部隊だって殺気立って美桜を探してる。見つかれば、ただじゃ済まないだろうね。ならいっそのこと、森へ入って、そこで暮らしてしまえばいい。いい物件がある。知り合いの狩人が昔使っていたロッヂでね、少し手を加えたら、直ぐにでも暮らせるようにできてあるんだよ。掃除も済んでるし、広いし、人目にも付きにくい。深紅だって、竜の姿に戻って平穏に過ごせるだろうさ」


 ディアナは一気に、思いを吐き出すように語り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る