言えないこと3
どういうわけか、美幸もテラも乗り物には乗りたがらなかった。ジークのときみたいにエアバイクでスイスイ飛んでいけば近いだろうに、長い距離をひたすら歩き、時折周囲に目配せして安全を確認しているようにも見えた。
過去のレグルノーラ見物を兼ねた分悪い気はしなかったが、二人の様子はどうにも合点がいかない。急いで行こうと言う割に、何故こんな非効率な移動しかできないのか。それこそ息切れして、後半はろくに会話もできなかった。
途中途中狭い路地を通り、建物の影を通って、まるで何かから隠れているかのよう。
俺のことを『誰の手先』だと勘違いしていたことから察するに、トラブルに巻き込まれていそうなことだけは確かなのだが、それを二人にどう尋ねればいいのか。歩きながらそればかり考えた。
ようやく塔の玄関口、真下に広がる広場に到着すると、美幸は歩を緩めて表情を明るくした。
「あの高い展望台にディアナは住んでいるのよ」
巨大な塔は真下から眺めると、先っぽが天に突き刺さっているのではないかと思えるくらい、高くそびえていた。全てを見渡せたあの展望台も、針穴に通したビーズ玉のように見える。
塔の周囲は公園になっていて、大きな広場と、生い茂る木々、長い遊歩道が街と塔を完全に隔離していた。憩いの場を求めた市民らが集う場とでも言えばいいか、ところどころに見える噴水やオブジェの側でゆったりとした時間を過ごす市民の姿が散見できた。
「ここまで来れば安心だと思うわ。なにせ、ここはディアナのお膝元なのだし――」
美幸が言いかけた途端、空気がズッシリ重くなる。美幸もテラも、気付いたのか顔を険しくして周囲を覗っている。
黒いわけではない。重い、ただひたすらに重い空気の層が俺たちの周りを取り囲む。干渉者とはまた違う、だが、殺意めいた気配。
「――動くな!」
ザザッと揃いの足音がしたと思った次の瞬間、俺たちは武装した兵士たちに取り囲まれていた。見覚えのある銀のジャケット。エンブレムを胸に付けた彼らは確か、市民部隊の。
腰を低くし、銃口を向ける彼らは、明らかに俺たちを狙っている。
一体何がどうして。美幸とテラに目を向けるが、二人とも何も言わず、歯を食いしばっているだけ。
「動くなよ、異界の干渉者ども」
言いながら、一歩進み出てくる市民兵。浅黒い肌、黒い短髪の彼は見覚えがある。確か、美桜が贔屓にしていた――。
「ライル、止めて。お願い。私たちはディアナのところへ行きたいだけなの。他に何にもしないわ。誰にも、迷惑なんかかけないから」
そうだ、ライル。市民部隊のリーダーだと言っていた。翼竜に跨がり、街を上空から監視する、頼れる男だったはず。それに、市民部隊は確か悪魔から市民を守るための自衛団。それがどうして。
美幸が手を合わせて懇願しても、ライルは動じなかった。
それどころか、とんでもないことを言い放つ。
「子供はどこだ。あの小さな子供を、どこに隠した」
「か、隠してなんか居ないわ。今はここに居ないだけ。まだ小さいんだもの、いつでもここに居られるわけじゃない。それに、あの子はあなたたちの思うようなことは絶対に」
「母親だからそう思うだけではないのか。美幸、君は自分のしでかしたことの重大さにまだ、気付いていない。どれだけ忠告しても、君たちはこの世界に干渉するのを止めない。しかも、新たな干渉者をまたこの世界に引き入れた。――その若い彼は、新参だな。市民から通報があった。『見たことのない服装の男が街をうろついている』と。いくら君のことを信用しようとしたって、君自身、私たちをいとも簡単に裏切ってしまう。これでは擁護など、できるわけがない。早々に帰ってもらおうか。それができないというなら、私たちは強制的に君たちを排除するしかない。君も、君の竜も、幼い娘を残して命を落としたくはないだろう」
物騒な話だ。
美幸は命を狙われている……しかも、市民部隊に。美桜も、理由はわからないが、やはり命を狙われている、らしい。
乗り物で移動しなかったのも、コソコソ裏道を通ったのも、俺の服装を変えたのも、なるべく人目に付かないためだったのか。
「ごめんね、凌君。巻き込んでしまって」
こんなときなのに、美幸は申し訳なさそうに謝ってくる。
「それより、どうしてこんなことに。彼らの仕事は、市民を守ること、だろ。なんだって美幸を狙って」
どいつもこいつも、本気でこちらを狙っている。下手な動きでもしようモノなら、直ぐにでも引き金を引いてやると全身で警告している。
「それは……、それはね……」
美幸は肩をすぼませて、小さく震えだした。すかさずテラが彼女の肩を支えようとするが、市民部隊がカチャッと一斉に銃を動かすので慌てて両手を挙げる始末。
「ダメだ。君の口からそんなこと、絶対に言ってはダメだ」
テラが苦しそうに言う。
その先の、セリフを出そうとしない。
そんなに、そんなにも大変なことを、彼女はしでかしたのか?
美幸も、テラも、ライルも、俺の問いに答えようとはせず、ただただ、沈黙を守り続けている。
膠着状態が続く。重い空気は淀みを産み、息苦しさを増幅させる。
誰にも言えない、言うことさえ憚られるような、重大な不始末。隠されれば隠されるほど、知りたくなるというのが人の
「何の、騒ぎだ」
上空から、声が降りてきた。
成熟した、低い、女の声。
空が次第に暗くなり、上を向くと、大きな竜のシルエットが真上に――。
赤い、翼竜。
覚えがある。アレは、砂漠で俺を置いてった赤い竜。てことは。
「ディアナ!」
俺は思わず叫んでいた。
バサバサと大きな音を立てながら、竜がゆっくり降下してくる。
その背に乗った赤い服の女は、確かにディアナだ。黒い肌、黒い髪、そして自信に満ちた、あの表情。彼女は間違いなく、俺が知るよりも少し若い、塔の女主人だった。
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