言えないこと2
アパートを出て、俺たちは塔へと急いだ。
薄暗い空はそのままで、道の両側にびっしりと並んだアパート群も、その奥に見える高いビル群も、見慣れた光景と同じだった。
ただ、少し違うのは人通り。俺の知っているレグルノーラには、これほど人は居なかった。ダークアイが出てから閑散としたのもあるが――、それより以前、干渉者に成り立ての頃、美桜とたまに出没する魔物を倒して歩いていた頃より、この時代はずっと、人が多く暮らしていたようだ。
屋台が道々に並び、威勢の良いかけ声と共に新鮮な食べ物を売りに出す。そこに群がる人、人、人。煌びやかな看板に、大きな文字や映像が映っては消えていくビルの壁。ひっきりなしに通るエアカーやエアバイク、空には小型の飛行機や竜が飛び交う。
「随分熱心に観察しているようだが、その格好で、君の方が悪目立ちしているのは自覚しているのか」
隣を歩くテラに注意されて改めて気が付く。そういえば相変わらずの制服姿。すっかり忘れてしまっていたが、市民服にでも着替えなければ、ここでは浮いてしまうのだ。
「自覚はしてても、服装を変える術がない」
急ぎ足で進みながら答えると、美幸はクスッと笑い、
「私も最初はそうだったかも。でも、溶け込もうと思えば直ぐに変えられるわ。アレンジして自分のセンスに変えるのも、案外楽しいものよ」
それはファッションに興味のある女性の言い分であって、俺のように普段何の気なしに適当に過ごしている身には高いハードルなのだが、彼女には理解しがたいだろう。
まぁ、悪目立ちするのには慣れているし、今更だから気にせずいるしかない。
そうやって諦めていたのに、
「ちょっと待ってね」
美幸は歩道の真ん中で、ふと足を止めた。
「凌君、少し、いい?」
「え?」
立ち止まり、美幸に目をやると、彼女はパチンと指を弾いた。
「はい、できた。気に入らなかったら教えて。直ぐに変えるから」
何ができたのだろうと首を傾げた俺を、テラが見てプッと笑った。
「似合わんな」
「似合わないって、何が――あっ!」
スルスルとした変な生地。濃いグレーの市民服が、自分の身体に張り付いていた。
いつの間に。
「ホラ、行くよ。急がなくちゃ」
俺が一人であたふたしている間に、美幸とテラは随分先に行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って」
俺は慌てて二人を必死に追いかける。
それにしても芳野美幸という干渉者は、かなりの能力の持ち主に違いない。帆船のザイルが言っていた、ランクというやつで能力の高さを表すとしたら、上位ランクに入るのだろう。
幼い俺と今の俺を分離して、幼い方だけ“向こう”に帰したり、指先一つで俺の服装をひょいひょい変えたり。あっさりやってくれたが、実際は相当難しい魔法だってことくらい、俺にだってわかる。
その美幸にくっついているテラも――ここでは深紅と呼ばれていたが、あいつだって、実はものすごく優秀な竜なのかもしれない。
本当は聞きたいことがいっぱいあるのに、どうしてだろう、隙がない。
俺が何かを聞き出そうとすると何かが起こる。まるでみんなが意図的に俺に何か隠し事でもしているようなタイミングで、だ。
戻る前になんとしてでも聞き出さなければ。十三年前の今――、“ここ”で一体何が起こっていて、何がレグルノーラを変え、何が美桜を変えたのか。美幸が命を落とす理由、美桜が心を閉ざした理由も、悪魔が頻出するようになった理由も、すべて“ここ”にあるはずなのだから。
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