正体3

 狭い船長室。六畳あるかないかのスペースに、家具や机が壁際に張り付くようにしてびっしり並んでいる。

 手前の少し広い空間に、おさは椅子を一つ置き、そこに男を座らせていた。


「……ザイル。取り込み中だが」


 おさはあからさまにご機嫌斜めなご様子だ。綺麗な金髪が、微妙に乱れている。腕組みし、あごを突き出し、邪魔だと言わんばかりにこちらを睨み付けた。


「ああ、すみません。腹ごしらえさせましたんで、リョウを連れてきました。……ありゃ、まだそいつの相手をしてたんですか」


 ザイルは知らんぷりをして、わざとらしく肩を落とした。

 そいつ、と呼ばれた男を見る。三十から四十くらいの中肉中背の彼は、見事なまでの銀髪を綺麗に刈り込んでいた。木の椅子に後ろ手に縛られ身動き取れないでいるその服装は、レグルの住人とは少し違っていた。ゴツゴツしたブーツ、ジーンズに傷んだ革のベストと汚れたTシャツ、右肩から手首まで刺青を施している。両耳には幾連ものピアス、目つきも悪く、パッと見善人とは思えない。砂漠にいたとあって薄汚れてはいるが、あざや傷がないところを見ると、おさは彼を拘束してはいるものの、暴力を振るっているわけではないことがわかる。

 急に飛び込んできた俺たちが気にくわないのか、男は赤い瞳でジロジロとこちらを見つめている。あまり関わらない方が良さそうな雰囲気だ。体育館裏で絡んできた北河ともまた違う、とてもよろしくない空気を感じる。俺は思わず目を逸らした。


「コイツは愚か者過ぎて相手にならない。そろそろイライラが頂点に達するところだった。それより話の通じるヤツと会話した方が生産的だと思っていた頃だ」


 おさは元のトーンに戻し、にこやかに俺に話しかけてくる。


「邪魔者は追い出して、二人だけで話がしたい」


「はい……」


 こういうとき、どう返事をするのが妥当なのか。

 俺が小さく頷くと、ザイルは男の身体に手を回し、縄をほどいてホラ立てと背中を小突いた。だが男は立ち上がらず、解放された手首の調子を確かめながら、ムッとした表情でこちらを睨み続けている。


「まだ、何も喋らないので?」


 ザイルが言うと、おさは長めにため息を吐いた。


「そういうことだ。名前も、出自も、語ることはできないのだと。“あるじ”とやらの許可がなければ」


 妙なヤツもいたものだ。まるで、テラのような。

 テラ……。

 そういえば、さっき聞こえた特徴のあるあの声。どこかで。

 いや。だけどテラは竜で、コイツは人間。共通点などどこにも。

 俺は少し、考え込んだ。さっきからずっと男の目線が痛くてかなわない。もし万が一でもそんなことがあったなら。万が一……、いや、この世界なら、レグルノーラなら、まさかということが本当にありえるのかもしれない。


「て……、テラ、なのか」


 男の表情を覗うようにして、恐る恐る話しかける。

 まさかな。声は確かに似ていたが、それだけで断定できることじゃない。

 怒りを蓄えていた男の口角が、少し、緩んだ気がした。


「流石、我が“あるじ”。もし気付かぬようであれば、私は一生、手助けなどすまいと思っていたところだ」


 心臓が、強く波打った。

 目の前にいるこの、近寄りがたい男がテラ……!

 偉そうな、それでいてどこかお節介焼きの竜が、なぜこんな姿で――。


あるじ? 来澄が? まさか」


 おさが突然、俺の名を呼んだ。しかも、名字で、だ。

 俺の記憶では、レグルノーラにはファミリーネームの感覚がなく、互いにファーストネームだけで呼び合うはず。


「――お前、誰だ!」


 俺は数歩、後退った。

 気が付いたかとばかりに、テラも椅子から立ち上がって後ろ手に俺を制した。

 緊張が走る。

 おさはばつが悪そうな顔をして、俺とテラ、そしてザイルを交互に見やった。


「このおさという男、初めから凌を知っていた。凌が干渉者であることも、うすうす感づいていたようだ」


 いつもの低い声でテラが言う。


「凌に近しい人物。そしてかつ、干渉能力を持つ人物。心当たりはあるか」


「いや」


 第一、俺の交友範囲は極端に狭い。適当に話を合わせる相手か、クラスメイトか。“向こう”ではほぼ孤独だった。心当たりなんて、あるわけ――。


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