正体4

「え、ど、どういうことだ。おさ、一体何がどうなってるんで」


 おどおどするザイルを、おさは突き放す。


「用は済んだはずだ。出て行くんだ」


「ですが……」


「いいから、出て行け!」


「は、はい……!」


 怒号に背筋を伸ばし肩をすくませて、ザイルは船長室を飛び出した。

 木の扉がゆっくりと音を立てて閉まるのを確認すると、おさは気が抜けたようにフラフラと船室の壁により掛かった。


「来澄が上位の干渉者だなんて、は……話が違うじゃないか……」


 ぼそり、おさが言う。

 声も、姿も、俺の記憶にある“向こう”の知人とは被らない。それでも、“向こう”で俺と接点のある誰かなのだとしたら。“彼”は一体、誰なのか。


「芳野美桜にくっついて回る、金魚のフン程度だと勘ぐっていた。実際、“私たち”の間では、来澄はその程度の存在でしかなかった。一体……、何が起こっている。なぜお前ごときがしもべを……」


 全くと言っていいほど、心当たりがない。

 汗が頬を伝う。

 誰だ。誰なんだ。


「俺が干渉者だと知ったのは……、いつ?」


 探りを入れてみよう。何かしらヒントが欲しい。


「いつだったかな。少なくとも、腕の刻印を見つけたのは最近になってからだ」


 おさに言われ、俺はハッとして右腕を隠した。


「噂の広まる少し前、美桜と二人きりで放課後教室にいるのを見た。席が近いこともあって、言葉を交わすことがあるくらいあるだろうと、最初は高をくくっていた。だが来澄、お前は芳野美桜と“この世界”に何度も現れた。“男女の仲”だなんて言って、誤魔化したりもしていたが、本当かどうか。彼女の本当の魅力を知らない男が、不細工で仏頂面の男が彼女の目にとまるだなんて、にわかに信じられるわけがない。彼女に感化され、干渉能力を身につけた人間は他にもいる。その中で来澄、お前だけが優位に立っているのは何故だ」


 おさは明らかに機嫌を悪くした。

 整っていた顔立ちを歪ませ、目を見開き、明らかにこちらを敵視している。


「ここしばらく入院していたそうだな。やっと姿を見せるようになったと思ったら、来澄、お前の纏っていた空気が入れ替わっていた。まるで別人だ。しかも、“こっち”ではしもべまで従えている。一体何が起きている」


 知り合い……、クラスメイト……。

 誰だ。見当も付かない。

 “覚醒”したことで干渉者独特の色を認識できるようになった能力をコントロールできたなら、直ぐに推察できたはずだ。けど、まだそれも万全じゃない。ぼんやりとした空間の歪み、色の濁り程度しか認識できなかった。教室の中も学校の中もどこかグニャグニャと歪んでいて、それが能力から来るものなのか、ずっと続く頭痛からくるものなのか、俺には判別できなかった。それが――、この有様だ。


「凌、まだわからないのか。術を使ってヤツの変化へんげを解く方法もあるが……どうする」


 テラの進言に、俺は「そうだな」と首を縦に振った。


「他に方法がないのであれば、そうするしかないかもな。このままじゃ、おさが敵なのか味方なのか、判断できない」


 唇を噛み、ゆっくりと右腕を前に突き出す。手のひらを大きく開き――魔法陣だ。そこに、“彼”の変異を解く命令文を書き込めば。

 集中し、空中に二重円を出現させようとした直後。


「その必要はない」


 おさは、観念したと両手を上げた。


「“レグルノーラ”にいる間、“ボク”は悦に浸れた……。自分に隠された能力で船を動かし、仲間を従え、砂漠を縦横無尽に走った。時に魔物と戦い、時に人命を救う。砂漠という時空の狭間で長い時間を過ごしながら、自在に“向こう”に戻れるようにもなった。ここは、全てのコンプレックスを解消できる、最高の居場所さ。だが、どの世界にも危険分子は存在する。その謎が解ければ、永遠にこの世界を存続できるはず。そう信じて過ごしてきた」


 端麗なおさの顔が、崩れていく。

 背が縮まり、肩幅は狭くなり、綺麗な卵形の頭も、丸く、より球体に近くなる。長い金髪は短い黒髪へ。うっすらと浮かび上がったメガネが次第にハッキリし、顔の前でキラリと光った。


「し……芝山……」


 俺は無意識に、彼の名を呼んでいた。

 芝山哲弥。

 2-Cのクラス委員。

 美桜が俺と付き合っているだなんて嘘を吐く、原因となった男。


「来澄……凌。君は芳野美桜の、何なんだ」


 芝山はゆっくり両手を下ろし、眼光鋭くして俺とテラをじっと見つめていた。

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