正体2

「どんな力を持っているのか、どれほどの力を持っているのか、俺たちみたいな一般人にはわかりっこない。それでも、こうやって接点を持った人間が、もし、世界を救ってくれたなら。この船の人間は、みんなそう願っているはずだ」


 頼んだぜと言わんばかりに、ザイルはその大きな手のひらで、パシンと俺の背を叩いた。

 だが、美桜やディアナに言われたときと違って、不思議と嫌な気分にはならなかった。


「そのためにも、お前はこの砂漠を出なくちゃならない」


 ザイルは言って、クイッと親指で甲板の先を指し示した。


おさなら、何とかしてくれるはずだ。彼にも“能力”がある。この船だって、おさの力がなければ、こんなに速く走ることなんて出来ないんだ」


 魔法か……。

 どおりで不思議だと思った。砂地で船が進むこと自体、物理的におかしいと思っていた。魔法ならば納得だ。


「興味が湧いたか」


 舳先や帆をまじまじと見つめる俺の目線に気付いたのか、ザイルは口角を上げた。


「ただ、気難しい方だ。リョウを見つけた少し後、離れたところで見つけた別の男は、意識はハッキリしてたんだが、口答えが酷くてなぁ……。小難しいことを言って反抗したのが運の尽き。おさはすっかり腹を立て、男を縄で縛ってしまった。くれぐれもご機嫌を損ねないよう、注意するんだな」


 行ってこいと、ザイルは目で合図した。


「大丈夫、お前ならそんな目には遭わないだろう。アレは特殊さ」


 ガハハと笑って誤魔化されるも、こっちは気が気じゃない。よりによって、このタイミングでそんな情報寄越さなくても。

 大丈夫かなと思いつつ、俺は一人船長室へ向かって歩く。

 甲板を船首側に進むと、船室の扉が見えた。レグルの文字で恐らく船長室と書かれているのだろう、碇のマークと丸窓が印象的なその扉の前で、俺は少し呼吸を整えた。

 ノックを三回。中から声がする。


「り……凌です。おさ、入っても」


 俺が言い切るか言い切らないかのタイミングで、ドンと内側から壁を強く叩く音が響いた。


『貴様、まだそんなことを……!』


 はっきりと、そう聞こえた。

 おさの声だ。

 さっきの穏やかさはどこへ行ってしまったのか。苛立ち、声を荒げている。


『何度言われても、それだけは譲れない。例えお前がこの船で一番権力を持っていたとしてもだ』


 もう一人の声も。

 落ち着いたトーンで話す低い男性の声は、どこかで聞き覚えがある。


『その“お前”という言い方が気にくわない。上から目線もいい加減にしろ。もう一度砂漠へ戻りたいのか』


 おさはもう一人の男に向かって、そう話した。

 どうやら相手は、砂漠で見つかった男らしい。

 困ったな、入るに入れない。扉の前で躊躇し、部屋の物音に耳をそばだてていると、ザイルがゆっくり歩いて近づいてきていた。


「何やってんだ。まだ入ってないのか」


「も……揉めてる、みたいで」


 するとザイルは、そうだった忘れてたとばかりにポンと手を叩く。


「逆上すると手がつけられんのだ、ウチのおさは。が、待っていたら日が暮れる。こういうときは何食わぬ顔で入っていく。そうすれば、案外上手くいくもんだ」


見た目通りの豪快さだ。俺にはとても真似できそうにない。

ザイルは俺の身体を船室から遠ざけると、思い切りよく扉を開けた。


おさ! リョウを連れてきましたぜ!」


 なるほど、最初から何も聞いてませんと、そうやってさも自然を装って。

 バンと開かれた扉の向こうに、二人の人影があった。

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