帆船4

「で、リョウは干渉者ランク的にはどの部類なんだ? A? B?」


 ザイルの妙な質問に、俺はふと顔を上げる。


「なんですか、ランクって」


「なんだ、ランクも知らんのか」


 なんてヤツだと、ザイルは分厚い唇で小さく呟いた。


「すみません。疎くて」


 頭を少し下げると、


「いいんだいいんだ。ランクなんて、あって無いようなもの。戦闘になればランクなんかアテにならないからな。ランクってのは、熟練度、どのくらい凄いことができるのかってことさ。自在に世界を行き来できるか、魔法が使えるか、竜を従えているか。いろいろある。レグルノーラの塔に住むディアナという魔女は、相手の潜在能力を見抜き力を引き出すことの出来るSSランク。大層お美しいと聞いたことがあるが、リョウは会ったことがあるのか」


 ディアナ、と聞いて、身震いする。


「え、ええ。まぁ」


「やっぱり、いい女か」


「だ、だと思いますよ。俺にはよくわかりませんが」


 目を逸らし、ため息を吐いた。

 砂漠を抜けるには、自力か、帆船に助けて貰うかどっちかだと言われたのを思い出していた。砂漠の中では時間の流れが違うという話だったが、本当かどうか。こんなにも長い間“向こう”に戻れないのは初めてだ。“あっち”の自分は今頃どうなっているのか、考えただけでも寒気がする。


「羨ましいねぇ。なにせ、船の中には女がいねぇ。時にものすごく恋しくなるわけよ。女の柔らかい胸と尻が」


 ザイルの言葉に反応して、周囲がどっと湧く。むさい男どもは、そうだそうだと口々に盛り上がり始める。


「最後に女を見てから、どれだけ経つ? 数えてみてもわからんな。なにせ、砂漠じゃ時計の針はまともに動かない。時間なんてあってないようなもの。“時空の狭間”だとおさは言うが、全くその通りなんだからな。俺の女房も子供も、生きているんだか死んでいるんだか知れないし、元の場所に戻ったとしても、その時間の流れに上手く乗り付けられるかどうかわからない。砂漠に入ったら砂漠で死ぬ。そういう覚悟がなくっちゃ、生きてはいけねぇわけだからなぁ」


「――え? ちょ、ちょっと待ってください」


 ざわめきをかき消す勢いで、俺は向かいのザイルに訴えた。


「今、何かおかしいこと、言いませんでしたか。この船に乗れば、砂漠を脱出することが出来るって、そうディアナに」


「へぇ。塔の魔女がそう言ったのか。そいつはびっくりだ。確かに、砂漠を抜けることは可能だが、希望通りの時間軸に戻れるかどうかはわからんなぁ。ここは“表と裏の中間点”。砂漠の出口には時々、時空嵐が現れる。そいつに遭遇すりゃあ、砂漠を抜けた先がどちらなのか、どこに戻れるのか分からない――常に運任せだ」


「は、話が違う」


「そんなこと、こっちに言われたってどうにもならんよ。魔女に言うんだな」


 ガハハッと、ザイルは笑い飛ばした。それが、無性に気に障った。

 愕然とした俺は、相当酷い顔をしていたのだろう。


「ま、砂漠に迷い込んだが最後。帆船に乗っただけでも勝ち組さ。船に乗っていれば、魔物は来ない。結界が張ってあるからな。まずは生きることが先決。目的はいずれ達成できる。この砂漠の先に、本当は何があるのか。それを探しながら、俺たちは自分の家に帰れる日をずっと待ってるんだ。リョウだって、いつか、戻れるさ。きっとな」


 トーンを落とし、ザイルは俺の肩をポンポンと軽く叩いてくる。

 最悪だ――……。

 砂漠に落とされた時点で、俺は自分の帰り道を失っていた。

 いつか、戻れる? 本当なのか。


「気を落とすな。――ホラ、食い物が届いたぞ」


 ザイルの後ろから、コックの手が伸びる。その手には丸い深めの器。湯気の立ったスープの中に、小さな肉切れと、緑の野菜が気持ちよさそうに浮いている。


「狼肉のスープだ。肉はミンチにして丸めてあるから、柔らかいぞ。ダシも出て、最高だ。ホレ、食ってみろ」


 不器用な男たちの優しさが、辛い。

 最初からこの人たちは、俺の行き場所がどこにもないことを知っていたんだ。そして彼ら自身も――どこからともなく砂漠へ迷い込み、どこにも行けずにいる。

 希望の船?

 いや、ここは。

 行き場を失った者たちの集う、迷い子の船だったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る