帆船3

「にしても、変な名前だな。キスミリョウ……? 女とも男とも付かぬ、妙ちくりんな名だ」


 兄貴分のザイルは首を傾げながら、俺を奥の食堂まで案内する。無骨な背中を追いかけつつ、俺はじっくりと船内を観察していた。

 帆船だと言われて、背中で感じていた揺れの原因に納得した。どういう原理で動いているのかはわからないが、どうやら海原を進むのと同じように、この船は砂の中を進んでいるらしい。砂を掻き分けるサラサラという音が、耳心地良く響いている。

 海賊船のような雰囲気だのに、潮の匂いは全くない。土埃のようなカビのような臭いが、湿気た空気と共に漂っている。


「“来澄”は名字です。ファミリーネーム。下の名は“凌”なので。そう呼んでいただければ」


「そうかい。で、リョウとやら。お前さん、その格好はなんとかならんのかぃ。何とものっぺりとしたその装備で、よくもまぁ、砂漠のど真ん中まで進めたもんだ」


 ザイルの苦笑に、俺も釣られて「ですよね」と呟く。

 外見をコントロールできるようになるには訓練が必要だと美桜に言われてから結構経つ。能力の解放を果たしているハズなんだから、やろうと思えば出来るんだろう。が、そんな余裕、俺にはなかった。


「“干渉者”故の余裕なのかどうか知らんが、俺らの常識から考えたらあり得ないことだね。砂漠は陸竜か、帆船かで移動すると相場が決まってる。でなきゃ、砂蟲やら砂漠狼やらにあっという間にやられちまうからだ。いくら“能力”があるからって、無防備にもほどがある。助かったのは奇跡以外のなにものでもねぇだろうな」


「ですよね」と、俺は深くため息を吐いた。

 助かったのはありがたいが、また妙なことに巻き込まれてしまった。

 居心地は最悪だ。まして船から脱出なんて、出来そうにない。珍客扱いだとしても、しばらくこのまま居座り続けるしかないだろう。

 さっきまで一緒だったテラの気配もない。偉そうな口を叩きながら、アイツ一匹、砂漠から脱出してしまったのだろうか。

 とはいえ、狭い船内、あんな大きな竜が一緒にいられるはずもないわけなのだが。


「ま、腹が減っては何とやらだ。腹ごしらえは大事だ。丁度俺らも飯の時間だしな。コックに何か美味いもんでも作って貰って、そのきっ腹埋めた方がいい」


 ザイルはいわゆる頼れる兄貴ってポジションのようだ。聞いてもないこと、相談しても居ないことにまで細かく配慮してくれる。それが心地いいかどうかは別として、体力をすっかり消耗し、口を開く気力もない自分としてはありがたい。

 通路の奥から、ふわっといい匂いが漂ってくる。

 食堂はどうやらこの先、船の先っぽにあるらしい。

 “こっちの世界”の食べ物は何回か口にした。サーシャと作ったパンやポトフ、カフェのリゾットも、名前は覚えられなかったが、“向こう”とかなり似通っていた。

 そういうこともあって、警戒感はないつもりでいたの、だが……。


「よっ! 今日のオススメは何だぃ」


 食堂の入り口を抜け、ザイルがコックに片手を上げる。

 既に席の半分を、むさ苦しい男どもが占拠していた。とても上品とは言いがたい食い散らかし方で、俺は思わず彼らから目を逸らした。

 森のロッヂを思わせるような木造の机と椅子。ゴツゴツしく、如何にも男の世界的な荒っぽさがどこかしこに表れている。木の板が張り巡らされた壁には大型動物の剥製、毛皮のタペストリー、それから、翼竜を描いた豪快な絵画が飾ってある。動物か魔物の骨がオブジェとしてショーケースに飾られていて、飯を喰おうという雰囲気ではない。

 汚れた白い布を頭に巻いたコックの男は、調理場からカウンターに顔を覗かせ、軽快に答えた。


「今日はサソリの唐揚げ、狼肉のステーキとスープだ。肉は歯ごたえもあって、味もバッチリだぜ。どうする?」


 サソリ……と聞いて、俺は思わず身をすくめた。

 ついさっき、巨大サソリと戦ったばかり。思い出すだけで吐き気がする。

 ザイルはそんな俺の気持ちを知ってか、 


「俺はステーキで構わんが、コイツには腹に優しい粥かスープでも作ってくれないか」


 こっちに親指の先を向けて、クイクイと合図する。


「ん? なんだそいつぁ」


「アレだよ、例の。砂漠で拾った」


「あぁ。どおりで変な格好してるわけだ」


 学校の制服を彼らは一様に変だと言う。こっちからしてみればそっちの方が。


「じゃぁ、緩いの作ってやるよ。暖かいのでいいかぃ、兄ちゃん」


「は……ハァ……」


「良かったな。普段は忙しいからなかなか融通きかんのだぞ、ここのコックは」


 ガハハと下品に笑い、ザイルは空いている席へ俺を引っ張った。本当は端っこの席が良かったのだが、よりによって、食堂のど真ん中だ。

 視線が痛い。希有なものでも見るような……実際そうなのかもしれないが……ジロジロと品定めするような視線に、俺は堪えられず、目を伏せた。


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