契約3

 ディアナと約束したのを、ふと思い出す。



 ――『絶対に裏切らない』



 この世界のために尽力するのだと決めて、自分から望んで力を手に入れたはずなのに。俺はまだ迷っている、逃げたがっている。

 全ては、この竜の言う通りだ。

 俺自身が変わろうとしなければ。


『この世界では、“心の力”が全てを左右する。強くなりたいなら、そう願えばいい。逃げたい気持ちばかり先行すれば、ここからの脱出は成功しない。……それとも君は、砂漠の中で“迷い人”になるつもりか? 砂蟲や岩さそり、砂漠狼どもの餌になりたいとでも?』


「岩……蠍って、なんだよ。サソリ? それに狼って……」


『岩蠍は、岩山に潜む大きなサソリだ。砂漠狼だって、ちょっと身体が大きなだけの獣。何も臆することはない。人間の2倍から三倍程度の巨体だが、直接攻撃を受けさえしなければ何とかなる。つまりは、距離をとって戦えばいいだけのこと』


「簡単に言うんだな」


 チラ見した竜の顔は無表情で、頭に響くこの声だって、感情の起伏に乏しい。竜が全般的にそういう生き物なのか、それとも、こいつだけがそうなのか。


『戦うのは君だ。私ではない』


「またそうやって」


『そうやって?』


「そうやって俺を馬鹿にして」


『馬鹿に? 私がいつ?』


「ずっと俺を見下してるじゃないか。あるじになんて、なれるわけ」


『なりたくなければ、私の心臓を突き刺せばいい。そうすればまた、卵に還る。新たなあるじが卵を割るまで、私は眠りに就けばいい。君が自分の意思で私をしもべにするのでないと、私だって気分が悪い。――君は、自分で自分の未来を選ぶことができるのに、何をそんなに迷っているのだ』


 ……いちいち、言葉の一つ一つが突き刺さってくる。

 この、竜という生き物は、なんなんだ。

 なんだってディアナは、俺にこの竜をあてがったんだ。

 お互い、全然気が合いそうにないのに、主従関係になれだなんて。

 しかも、このままじゃ、どう考えても俺の方が……。


『私の声が聞こえている時点で、君は私のあるじ。――了承し、主従契約するならば私に新たな名を。拒否するなら、私の心臓を突け。何か難しいことでもあるというのか?』


「それは……」


 ぐんぐんと眼前に迫られ、困ったなと頭を抱えた、そのとき。

 ガサガサガサッと背後で何かがうごめいた。

 ハッとして振り向こうとしたのが早かったか、竜が叫ぶのが早かったか。


『岩蠍だ! 言わんこっちゃない』


 大きな羽をバサッと一振り、風を巻き起こし、サソリを威嚇する。

 巻き上がった砂煙を防ごうと両腕で顔を覆う俺に、


『逃げろ馬鹿!』


 今度こそ竜は馬鹿と言って、俺の身体を後ろ足でむんずと掴み、素早く空へ舞い上がった。

 そこでようやく俺は、岩蠍の全体像を目にする。

 人間より少し大きいくらいの胴体に、刃渡り1メートル以上の超特大ハサミが二つ。ジャキンジャキンと気味悪い音を鳴らしながら、こちらに刃を向けている。そして、大きくもたげた太い尾っぽの先には、巨大針。黒光りした装甲は、さっきのサンドワームよりもずっと固そうだ。

 何が、臆することはない、だ。

 こんなの、やられたら一発……。


『砂漠の魔物は常に飢えている。だから、一度餌を見つけたら、死ぬまで逃すことはない。殺されるのが嫌だったら、倒すしか道はないと思え。さぁどうする。私の力を借りるか。それとも、関係を断ち切って、一人でこの砂漠を抜けるか。二つに一つだ』


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