契約4

 竜は、決まりきっている答えをしきりに待っていた。

 そんな選択肢らしからぬ選択肢、あるかよ。


「なにを、出せばいい?」


『は?』


「武器だよ、武器。何を出せばサソリを倒せるのかって、聞いてるんだけど」


 丸腰で戦うわけにもいかないだろうと話を進めようとした俺に、


『君は馬鹿か。この先どうするか、私との主従契約が先だ』


「そんなの後でいいから、さっさと倒せばいいだろ」


『話を聞け。でなければ、ここから突き落とすぞ』


「なんだよ、その言い方。竜のクセに随分だな」


『竜の性格は、あるじに依存するんだ。早く、名前を』


 この緊迫した状況で、名前なんか考えてられるわけがない。

 第一そういうの、ものすごく苦手なんだけど。


『早く!』


「わかってるよ!」


 そうこうしている間にもサソリは、竜の後ろ足に捕らえられ、空中でジタバタしている俺に向かって、何度も何度もハサミを振っている。かなり高く舞い上がったおかげで、サソリの攻撃は届かないが、向けられた刃先が動くたびにギラギラ光るのは、とてもいただけない。

 竜も竜で、さっき長距離移動したばかり、体力的にも辛いのか、心なしか俺を掴む後ろ足の力が、少しずつ緩み始めていた。


「プ……テラ、テラ。“テラ”ってどう?」


 面倒だ、その外見から適当に。


『普通はな、鳴き声や瞳の色から名を付けるもんだぞ。……と言っても、この世界の常識など、気にしている場合じゃない。それでは以後、私のことは“テラ”と呼ぶのだ。私の新たなあるじ、凌よ』


 ――と、目の前に大きな魔法陣が現れる。

 丁度俺の足元、サソリと俺の間。空中に浮かんだ円は、辺りの光をみんな吸い込んで、砂漠を一瞬で夜の世界に変えた。いや、変えてしまったように、見えた。

 時が止まったのか。

 サソリは固まり、音も消える。

 空中でぶらぶらしていた足も、急に動かなくなった。

 竜の羽ばたきも、それによって起こる風も、全てがなくなり、完全に静まりかえる。

 二重丸の中心に描かれた、いくつもの三角で作られた星形が、くるくると時計回りに回転し、円と円の間の文字が、一つずつ光を帯び、やがて魔法陣全体がまばゆい光を放った。


――“我、ここに竜と契約を交わす”

――“互いの命が尽きるまで、我は竜を信頼し、竜は我に尽くす”


 まともに読めるはずのないレグルの文字が、嘘のように頭の中に入ってくる。


『互いの、命が、尽きるまで』


 仰々しい文句に背筋が震え、ゴクッと唾を飲み込んだ。

 文字が、ゆっくりと魔法陣からはがれていく。リボン状に連なった文字列は、らせん状に俺とテラの周りを囲い、再度記載内容を改めよとばかりに何度も何度も目の前を通過した。その文字もくどいくらいに読み終わった頃、文字列は光を緩め、リング状になり、すぅっと、俺の頭上へ移動した。

 まさか。

 思うも束の間、リングはギュッと小さくなり、孫悟空の金冠の如く俺の頭部に張り付いた。

 ジリッと文字の焼け付く音が耳元でして、俺はまたかよと歯を食いしばった。見えはしないが、心臓の時と同じように、頭蓋骨に焼き付くイメージがしっかりと感じ取れていたのだ。


『契約――完了だ。凌、目を閉じて』


 テラの声が頭に響く。

 俺は声の通りに目を閉じる。


『これから君を放す。が、それは君をサソリの真上に落とすためじゃない。戦闘中、私は君の中に入り、手助けをする。残念ながら、私は攻撃タイプの竜じゃないのでね。完全に補助に回らせてもらう。軽く身体を浮かせるイメージをすれば、その通り動けるようサポートする。身体が宙に浮いたら直ぐに、飛べ。いいな』


「え。ちょ、ちょっと待って。なにそれ」


『このまま君を抱えてたんじゃ、二人ともサソリの餌食だ。悪いが、君が考えているほどこの身体には体力がない。トカゲ型の竜に比べて、ずっと筋力が弱いのだ。要するに、……君の、この、重たい身体を抱え続けるのは、もう、限界だって、ことだ』


 じわじわっと、テラの力が確実に緩み始めた。ぎっちりと食い込んでいた爪がずれ、ワイシャツを辛うじて引っかけているだけに……。


『合図で目を開けろ。そして、――飛べ!』


 ズズッと、シャツの生地を爪が引っかいた。その振動が、身体にまで伝わってくる。


『2……1……、0!!』


 ワッと声を上げた。

 重力と風を急激に感じ、サソリの刃の迫るのを見る。

 テラのやつ、ホントに落とし……。


『馬鹿か! 飛べ! 羽を広げるつもりで』


 無茶だ。こんな一瞬で、何をイメージすりゃ。


『体を借りるぞ。文句言うなよ!』


「え、え、え?!」


 竜の、話す意味がわからない。

 いったい何がどうするって。

 頭が真っ白になる。俺はこのままこのサソリに……。


『お……、重……い。クソッ』


 どこでどう、力を働かせているのか。

 俺の頭上にあったテラの身体は泡のように消え、代わりに、自分じゃない力が背中で大きくグイグイ動いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る