警告4
そこにあったのは、明らかに高級だと一目でわかる革製の大きなソファ。レースのカバーがふんわりとかけられたワインレッドのそれに腰かけるよう、ディアナは言った。
「立ち話も何だからね。遠慮なく、座るがいい」
ぺこりと頭を下げ仕方なく腰を下ろすが、妙に落ち着かない。豪華すぎる内装が原因なのか、それとも、室内に充満する花の香りが原因なのか。
膝をピッタリくっつけて、肩を強張らせていると、
「取って食おうってわけじゃない。ただ、話がしたいだけだ」
と、ディアナは笑った。
まるで小動物を愛でるような優しい笑い方に、少し気を許してもいいのかもと思いかけるが、これから何を言われるのか考えると気が重い。
何畳くらいあるのか……、とにかく部屋の中はだだっ広かった。さっきエレベーター前で見た見取り図を思い出す。確か、このフロアの殆どがこの空間だったはずだ。
ディアナも向かいのソファに腰かけ、グッと足を組んだ。ドレスのスリットから覗いた太ももが交差し、放り投げられた足の先がこちらに向いた。
「真面目な話、美桜から、どこまで話を聞いてる?」
手前のローテーブルの角に置かれた小箱から、彼女はキセルを取り出し、器用に刻みタバコを指先でつまんで丸め始めた。
随分古風な物が好きなんだな。それとも、“こっち”の嗜好品はコレが
丸めたモノを火皿に詰め、何で火を付けるのだろうと興味深く見ていると、彼女は指をパチンと軽く鳴らした。指先に小さな魔法の火がともる。それを火皿に近づけ、タバコに火を付けると、彼女は安心したように指先をこすって火を消した。
「あ……、すまないね。どうもコレがないと、真面目な話ができなくて」
ソファに身を預けキセルを吸う彼女は、少し疲れているようにも見えた。
「美桜は恐らく、殆ど何も喋っちゃいないのだろう。あの
煙がもわっと彼女の口から吐き出される。が、思ったより嫌な臭いがしない。煙に混じった花の匂いが、それを緩和させているのだろうか。
「誰だって自分の居場所を壊されたくないモノさ。だから、ある程度の所までは“干渉”するけど、ある程度の所からは“干渉”を控える。――でもね、そんな駆け引きばかりしていては、解決できることだってできやしない。私たちが持っている、“互いの世界に干渉する力”も似たようなモノ。どこかでズレてしまった関係は、どこかでしっかり直してやらなくちゃならない。少し暴力的かもしれないが、“力”で解決しなきゃならない問題も、あるってことさ」
言ってる意味わかるかなと、ディアナは目で合図した。
身に覚えがありすぎて、どう言ったらいいかわからないけれど、確かに彼女の言う通り。それは、経験から何となく推測できる。
「大事なことは目に見えない。本当に伝えたいこと、知らなければならないものは、表沙汰にならない。“二つの世界”が微妙な関係を保ちながら共存していたことも、互いに“干渉者”と呼ばれる能力者を持ち、常に交流していることも、ずっと秘密にされてきた。だが、このままではその関係も崩れてしまうだろう。“悪魔”の力が強まれば、“向こう”の一般人も“この世界”のことを知ることになる。それは“向こうの世界”の人間にとって、好ましいことではないはずだ」
「そう……思います」
相づちを打ちながら、俺はディアナの仕草をじっと観察していた。
彼女は何を思って俺をここに呼んだのだろうか。彼女の言う“大事なこと”って、一体。
ぼんやりする俺に、ディアナは腰を浮かしてグッと迫った。黒くはっきりとした瞳が、俺のことをじっと見ている。艶やかな肌と赤い口紅が眼前に迫る。
一瞬胸が高鳴って、一気に体温が上がった。
「――美桜は、あの
「ハァ?」
突拍子もない質問に、声が裏返った。
「な、何者って、言われても」
「ジークは違う意味で言ったようだが、私はあいつとは別の意味でお前に警告しよう。美桜とは、行動を共にしない方が良い」
え、ちょっと待って。
意味が。
「もう一度言うよ。美桜とは一緒に行動するな。特に、“干渉者”として、この世界で行動を共にしてはいけない」
ディアナの眼は澄んでいて、冗談を言っているようには思えない。
が、俺は直ぐに、その言葉を飲み込むことができなかった。
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