警告3

「これしきのことで戻ってしまうようなら、相手にするのはよそうと思ったんだけどね。第一関門クリアといったところかな」


 赤と黒の、女だ。

 黒い肌、ウェーブがかった黒髪の、妖艶な大人の女性。

 胸元がガバッと開いた、燃えるような深紅のドレス。こぼれ落ちそうな豊満な胸。腰から大胆に入ったスリットからは、むっちりした太ももとガーターベルトが覗いていて、厚底のブーツは、ただでさえ長い足を更に長く見せている。

 その引き締まった顔は、どことなく、森で見た少女に似ていた。


「サー……シャ……?」


 朦朧としつつある意識の中で、俺は一度だけ会った、美桜の幼馴染みの名前を呟いていた。


「娘に話を聞いたよ。それで興味を持ったのさ。なかなか、面白そうな男じゃないか」


 ジークに肩を借り、ようやく立ち上がる。

 先生と呼ばれた女は、赤い口紅で彩られた唇をニッとさせて、俺の方に近づいてきた。

 よく見れば、思ったほど背丈はない。俺より少し小さいくらい。それでも、存在感からなのか、かなり大きめに見えてしまう。


「凌、と言ったかな。お前の力を見極めたくて、無理言ってジークに連れてこさせた。見てくれは悪いが、なかなか良い素材だな。これからどう化けるか、楽しみで仕方ないよ」


 うふふっと、女は笑った。

 大人の女性にそんなことを言われるとは思わず、俺はどうしたら良いのか、苦笑いで返した。


「先生、からかうのはよしてください。凌が困ってます」


「困るくらいがちょうどいい。ジーク、お前だって、私と初めて出会ったころは、今よりもっとウブで、もっと素直だった。いつの間にか私より大きくなって、可愛げもなくなったがね」


「先生……、俺が先生と出会ったのは、九つのときですよ。そりゃ、今と違うのは当たり前で……って、そんな話、しに来たわけじゃなくて」


 んんっと、咳払いし、ジークは改まってスッと、彼女の前に手を向けた。


「凌、紹介するよ。彼女は僕の恩師、ディアナ。塔の番人であり、“裏の世界の干渉者”のまとめ役。市民部隊に指示を出したり、都市部へ魔物が侵攻しないよう、各所に連絡をしたり、“悪魔”除けの結界を作ったりと……、何でもこなす凄いお方だ」


 わかった? と、ジーク。

 彼が普段と違ってラフな格好をしていなかった理由は、ここにもあったのか。恩師と会うのに“表”に感化されたような格好じゃ、示しが付かないだろうからな。TPOをわきまえたってことか。

 そういうことだったら、俺ももう少し格好を考えてくるべきだった。寝坊して、その辺にあったTシャツとジーンズで済ませてしまったことを、今更のように後悔する。


「普段私のことをどう思っているかはさておき、無難な紹介ありがとう。ジーク、悪いが、お前はここで。私はこの男に用があるのでね」


 弟子に出会って早々、ディアナは突き放したように、ジークに退去を命じた。

 ……ってことは、俺はここに、彼女と二人きりになるわけで。


「ちょっと待ってください。いくら何でもそれは」


 ジークも、ディアナの提案には反対のようだ。俺も、見ず知らずの他人と二人っきりになるのは御免だ。せめてジークが隣にいてくれないと不安なんだが、俺の気持ちなど無視するように、ディアナは更に強い口調でジークに帰れと言った。


「早く本題に入らなければ、凌の集中力がもたないだろう。駆け出しの“干渉者”にしては、かなり長い時間“こっち”にいる。お前と一緒だと話したいことの半分も話せないんだ。悪いが、今日は帰ってもらおうか」


 黒い切れ長の目でギロリと睨まれ、ジークは数歩、後退った。

 大丈夫かと、目線で俺の方を確認しながら、


「わかりました……。じゃ、凌。また“向こう”で」


 ジークはありきたりの挨拶をして、ゆっくりときびすを返した。

 マジかよ。もうちょっと粘ってくれても良かったのに。

 バタンと自動でドアが閉まり、室内には俺とディアナの二人きり。偉い人の部屋なのに、他に使用人の姿もない。

 どっかの王朝の宮殿のような、落ち着かないくらい豪華なシャンデリアから、彫刻、絵画、家具。傷を付けたら一生かかっても弁償しきれないような、豪華なモノばかり。こんなところで、今出会ったばかりの年上の女性と二人きりなんて、長くもちそうにない。本題に入るなら、さっさと入ってもらいたいくらいだ。

 ディアナはふぅと長く息を吐くと、こっちへ来いと俺を部屋の奥へ案内した。

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