空中の攻防2
カフェを出ると、やはりというべきか武装した数人の市民兵が雑居ビル周辺を警護していた。来たときは誰も居なかったのに今こうして警戒してるってことは、何かがあったのか、それとも何かあるといけないからなのか。
「ご苦労さま」
ジークが声をかけると、市民兵はスッと敬礼を返す。
なるほど、態度には出さないが、“裏の世界の干渉者”だけあってそれなりに権威があるらしい。
「守備は」
「今のところ、問題は。ただ、先ほど、少し“ダークアイ”らしき黒い物体が例の路地に湧いて、殲滅したところです」
「了解」
殲滅とは言ったが、実際は追い払ったってことだろう。確か“ダークアイ”に物理攻撃は殆ど通じなかったはず。分裂して、拡散して、酷いときには巨大化する。それがなかったってことは、ターゲットが近くに居なかったってこと。もしかしたら俺や美桜が“こっち”に飛んだのを嗅ぎつけていたのかもしれない。
チラッとジークを見上げると、彼はさっきより一層引き締まった表情で辺りに目配せしていた。
「少し急ぐ必要があるな。エアバイクかエアカー、空いてるのある?」
「一台、エアバイクなら」
「じゃあそれでいいよ。借りてく」
会話を聞いた別の市民兵がスッと物陰から一台のエアバイクを引いて現れ、敬礼する。
ジークはそれを受け取ると、一緒に渡されたヘルメットを被り、エンジンをかけて悠々と跨がった。
バイクとは言っても、銀色の車体に車輪らしきモノは見当たらない。宙に浮いて走るのだ。丸っこい卵形のフォルムは近未来的でいつ見ても胸が躍る。
「凌、後ろ」
言われて後部座席へ。ヘルメットを被ってゆっくり跨がり、グラブバーを握った。俺の体重で車体が軽くバウンドする。フワフワとしていてあまり乗り心地は良くないが仕方ない。
「運転には自信ある方じゃないから、覚悟しといて」
――え? 何か今、ものすごく大事なこと、サラッと言った?
シューッと車体後部から勢いよく空気が噴き出す。エンジン音は殆どしない。
バイクはゆっくりと通りに出て、少しずつ加速した。
普段なら多くの車や通行人で賑わっているはずの通りは、しんと静まりかえっている。俺たちの乗ったバイク以外、乗り物はない。
貸し切り状態の道路をぐんぐん進んでいくうちに、車体が少しずつ浮き始めた。車底からせり出した透明な羽が細かく振動して浮力を増すと、バイクは更に高度を上げた。
人の背を超え、信号機を超え、空中へ。
迫り建つビルとその間を縫うようにして伸びる高速道を横目に、俺たちは摩天楼の中心へと進んでいく。
風が冷たい。Tシャツが風を孕んでバサバサ鳴った。
コレで天気が良かったら最高なんだけれども、レグルノーラは何故か常に曇っていて、晴れ間を覗かせる様子はない。“悪魔”とやらを倒して全てが解決したら、この空にも日差しが戻ってくるのだろうか。
「ヤバイな」
突然、ジークが呟いた。
「ヤバイって何が」
「“悪魔”に見つかった」
右手で地面を指さす。俺にはよく見えない。
「4時方向で何かがうごめいてる。早くしないと、追撃が来る」
振り落とされないようバーをしっかり握って、右に振り向いた。まだわからない。
ジークには何が見えているのか。サイドミラーを覗こうとするが、角度が悪く自分の顔しか映らない。
「しっかり捕まって。加速する」
グリップを強く捻り、ジークはグッと、上半身を前に倒した。フォーッと更に勢いよく、マフラーから空気が噴き出す。
こんな上空で振り落とされたら。俺は慌ててジークの腰に手を回した。
「――来た。凌、耐えろよ」
何が、そう思っているうちに、車体が大きく左に傾いた。
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