空中の攻防3

 危ない、とっさに身体を丸めた俺の真横に、黒い影がスッと通り過ぎる。直後、更にススッと別の影。ドロドロの粘液が伸びたような――“ダークアイ”。

 と、今度は右へギュッと捻る。左からの攻撃をスレスレでかわす。

 ジークはぐねぐねと器用にハンドルを動かし、寸手の所で逃れていく。が、限界も近い。

 そびえ立つビル群に近づくにつれ、空中なのに逃げ場がなくなっていく。相手の攻撃如何では、エアバイクごとビルの外壁に突っ込んでしまいそうだ。


「武器、武器を出せ」


 ジークが、焦った声で言う。


「埒があかない。何でもいいから応戦しろ」


「で、でも」


 こんな状況で武器なんか出しても、俺に戦うことなんて。


「何でもいい、早く!」


 早くって言ったって――。

 躊躇している間も、あらゆる方向から、黒い触手が伸びてくる。

 ジークの肩越しに見えるエアバイクのタコメーターは、今にも振り切れそうになっていた。比較的静かだと思っていたエンジンも、少しずつ変な音を出し始めている。細かい振動が尻を介して伝わっていた。エアバイクで出せるスピードギリギリで走っても、ダークアイの攻撃からは逃れられないのだ。

 ジークは五感をフルに活用して、必死に操縦している。

 俺が、俺がやるしかない。

 こんなときは、こんなときはどんな武器を出せばいい。

 目を瞑ってじっと考えた。

 ふと、頭の中に美桜の姿。ダークアイと初めて戦ったあのとき、確か彼女は両手剣で戦っていた。今は、いいとこ片手しか使えない。軽い武器がいい。――が、刃物の類いは駄目だ。失敗したら、ジークまで斬ってしまう。じゃあ銃器は? いやいや。それも駄目だ。この状況だし、まともに目標めがけて撃つ自信がない。

 だったらどうすればいい? 

 何ができる?

 イメージするんだ。力尽くで敵をなぎ倒す。足止めでもいい。目くらましでも。

 ほんの少しでもいい、ジークの操縦の妨げにならないようダークアイから距離を取る方法……。


「何やってんだ! 早くしろ!」


 ジークの怒号。

 わかってる。早く何とかしなきゃならないのは、俺にだってわかってる。

 でもどうしたらいいのか、全然わからない。


「体育館裏で追い詰められた、あのときを思い出してみろ! 君はどうやってあいつらを撃退したんだ?!」


 た、体育館、裏……。

 北河たちに追い詰められ、俺は“覚醒”した。

 あのとき、刃物や飛び道具は出せなかった。出せるような状況じゃなかった。だから何とかして吹き飛ばそうと――。

 それ、か。

 あの方法なら確かに、振り回した武器をジークに当てる心配も、命中率の悪さにがっかりする必要もない。

 この間のが風のイメージだとすれば、今回は光。どっかの少年漫画のパクリでもいい。俺の中のイメージを具現化させるんだ。

 目を開き、ジークの腰から右手を放して、拳を強く握る。

 手の中らに全ての意識を集中させ、光の弾が大きくなっていく様を想像する。大きく、大きくなった光の弾は、やがて黄金色に輝くエネルギーボールに変化していく。


「まだか?!」


 言いながらジークは左に大きくハンドルを切った。ビルが真ん前まで迫っていた。

 右後方から触手が伸びてくる。

 ぐっと振り向くと、ダークアイの本体らしき黒いものが見えた。巨大でおぞましい、黒い塊。俺たちが逃げるのを見て、せせら笑っているかのような不気味な黒。


「早くしろ、凌!!」


 ジークの声が更に大きくなった。

 ビルを避けたと思った矢先、目の前に新たな黒い塊。俺たちの真上から、カーテン状に触手を降ろし、行く手を阻む。


「ちっく……しょぉぉぉぉぉ――――!!!!」


 更にハンドルを、左に……駄目だ。別のビルの外壁が、もうすぐそこまで迫っている。

 バイクはやむなく、スピードを落とした。逃げ場がない。そこに、とどまるしか。

 早く。急げ、急ぐんだ俺。

 大きな光の弾。黒い触手をはね除ける、光の弾。――手が、熱くなる。

 そう、これだ。ジリジリと熱い光の弾が、俺の手の中に――。


「で……、きた。できた。何かできた!」


 ゆっくり広げた手のひらに、明るく光る何かが見える。

 イメージしたそのままとは言いがたいが、ハンドボールより少し小さめの、黄色い光が一つ。


「凌、満足してる場合じゃない、何とか、し……ろぉ!!」


 ジークに後押しされ、俺は思いっきり、そいつを天空めがけてぶっ放った。


「うぉぉりゃぁぁぁぁぁぁ!! 行っけぇぇぇぇ!!!!」


 音もなく弾は飛ぶ。

 熱と光にやられ、触手が次々に縮れていく。

 だが、それだけじゃ駄目だ。光の弾から逃れた触手が、まだ勢いを付けて伸びてくる。あれらも全部何とかしないと。

 しかしもう弾が出てこない。イメージでは、この弾が無数に……。


「――チッ。やはりコレが限界か」


 ジークの舌打ちが聞こえる。

 そう、限界だ。

 半端な大きさの弾一つひねり出しただけで、力が尽きてしまった。

 もう肩じゃないと息ができない。意識だって朦朧としてきて、バイクから落ちないよう掴まるので精一杯だ。

 ジークはそんな俺の様子を察したのか、少し振り向いて、ふぅと長めに息を吐いた。


「人の尻拭いをするのは好きじゃないんだけど。僕自身も危険に晒されるのは嫌だからな」


 失速したバイクに跨がったまま、ジークはすっくと立ち上がった。右手をグリップから離し、俺の放った光弾に手のひらを向ける。


「弾けろ!」


 途端に光が散った。

 まばゆい光の粒が八方に広がり、黒い触手を消し飛ばしていく。

 ビルの外壁に光が反射して、辺りは白い光に包まれた。ヘルメットのシールドがなかったら、目が潰れて何も見えなかったくらいの光だ。


「こういう場合は、拡散させるんだ。あんな弾一つきりじゃ、足止めにもならない」


 ジークの言う通り。強い光のないこの世界では、効果覿てき面だ。

 まだまだ力が足りない。俺の貧困な想像力じゃ、ピンチのときも力になれそうにない。


「行くぞ」


 姿勢を直し、ジークはゆっくりとエンジンを噴かし始めた。

 徐々に光は消え、辺りは元の薄暗い世界に戻ってゆく。

 行く手を阻んでいた黒い影はもうない。黒く巨大なダークアイ本体と思しき影とも、大分距離が取れた。

 エアバイクは更に宙を進んだ。

 眼前に、目的地だろうか、一際高い塔が見えていた。

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