22.空中の攻防
空中の攻防1
気まずい空気が流れた。
さっき美桜とジークが変な間合いを取っていたとき感じたのとは違う、とても嫌な空気だ。
美桜が、俺のことを、……『好いてる』?
そんな馬鹿な話を急に突きつけられて、俺はどういう態度を取ったらいい?
残念ながらこういった話題には全く耐性がない。今まで、目つきと愛想の悪いブサメン、キモメンと言われてきた自分に、美しさで定評のある“芳野美桜”が好意を抱いているなんて、絵空事にもほどがある。
ジークはしばらくじっと俺の顔を凝視していたが、重い空気を払拭しようとしてか、
「嘘じゃないからな」
と念を押した。
「冗談だろ。彼女は俺のこと、単に扱いやすい奴隷みたいにしか思ってない」
予告なく連れ回したり、無理な待ち合わせをしたり、能力以上のことを求めたり。
それでも何とか彼女との関係を保ちたかったのは俺の方だ。接点のない俺に彼女が声をかけてきたとき、チャンスだと思った。だから何を言われても付いてったし、逆らいもしなかった。
あわよくば彼女の身体を。そんな下心で動いていた最低最悪の男に、彼女が好意を抱くわけがない。
「何で美桜は、こんな不細工な男がいいんだろうと僕も思った。でもさ、人の趣味ってわからないモノだよね。僕なんかずっと前から彼女に愛の告白していたのに、見向きもされなかった。住む世界が違うからなのか、それとも年が離れているせいなのかって思ってたけど、実際はそんなの関係なかったわけだ」
ジークは寂しそうに、美桜の消えた方を見つめてグラスを傾けた。
二人の関係がどんなか、未だはっきりしない。だが、ジークが美桜に好意を抱いているというのは間違いなかったようだ。
「ジークは美桜に直接聞いたの? ……その、俺のことを、どう思ってるか、とか」
「いや。彼女は決して、自分の気持ちを口にしないよ」
ふぅと長い溜め息。
口にしなかったということは、単にジークの思い過ごしかもしれないということ。俺はそう解釈した。
確かに、彼女は今まで自分の気持ちをはっきり語ったことはない。悲惨な過去を教えてくれたときだって、それによって生まれたであろう感情についてはくわしく言及しなかった。
「だからこそ、彼女に何かがあったら君が動くべきなんだ。僕はあくまでサポートにすぎない。今のところ、彼女に一番近いのは君なんだから。けど、だからといってこれ以上親密になるのは止めてもらいたい。今のまま、微妙な距離感を保ちつつ、彼女を守って欲しい」
「……簡単に言うんだな」
これまでずっと、何かあったらジークが助けてくれるという安心感があったのに、彼はいとも簡単にそれを放棄させる。
遅かれ早かれ、彼はそうするつもりだった。
二人っきりになるチャンスを覗っていて、俺にそう切り出そうと決めていたような口調だ。
「僕と君らの世界は遠い。偶々“干渉能力”によって、簡単に行き来できているだけで、それさえ、いつまで可能かわからない。二つの世界の距離が変わったら、恐らく“干渉者”であっても互いの世界に行くことは難しくなるはずだ。だから、美桜と同じ世界にいる君が率先して彼女のために動くべきだ」
そう、なんだろうけど。
畜生。
頭が簡単に事態を飲み込めない。
美桜が俺を好きだとか、俺が美桜のために動くだとか。
ジークは勝手だ。いや、俺の周囲のヤツは勝手なヤツばっかりだ。
俺の気持ちなんか、俺がどう思っているかなんか、どうでもいい。知らないうちにどんどん動いている。知らないところでいろんなことが決まっていて、いろんなことが起きている。
美桜に“レグルノーラ”のことを教えられたときに、ある程度覚悟を決めていたはずなのに。
“ダークアイ”の正体について話し合ったときに、気持ちを固めていたはずなのに。
自由がきかない。
ここは“心の力を反映する世界”だってのに、モヤモヤが溜まって全然前に進めそうにない。
「俺……、帰ろうかな。変な冷やかしするために引き留めただけなら、ここに居る意味ないし。飯はごちそうさま。結構美味かった」
胸が変に苦しみだした。
俺は居たたまれなくなって、よいしょと腰を上げて立ち上がろうとする。
「待て。凌」
ジークが慌てて両手を伸ばした。
「言ったろ。『こっちには、それ相応の支度がしてある』って。連れて行きたいところがある」
「別に、今日じゃなくても」
「今日は土曜。君のスケジュールは完全に空いている。どれだけ長くこちらに居ても、誰も困らないはず」
「そりゃそうだけど」
「君にとって価値のある場所。決して損はさせない」
ジークはそう言って、半ば強引に俺の同意を取り付けた。
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