ジークの思惑4

「ワザと?」


「美桜の機嫌を損なうように、あえて彼女に同調しなかった。この間は彼女のことを決して否定しないような言い方しかしなかったクセに、今日のあんたはヤケにトゲトゲしかった。彼女を“向こう”に戻して、俺と二人っきりになるよう仕掛けたんだろ」


「プッ……、何でそんなこと。僕は男性と付き合うような趣味、持ち合わせてないけど」


「そうじゃなくて。本当は美桜を使って俺を呼び出したかっただけ。彼女は俺との連絡役にしか過ぎなかった。違う?」


 半ば強引なこじつけだが、俺が感じた違和感の一つを吐露する。

 今日のこの場に美桜は要らなかった。だから彼女を帰した。

 帰れなんて直接的なこと、ジークだって彼女に言えるわけがない。だから彼女を無視するような言い方をして、機嫌を損ねた。プライドの高い美桜は、自分の言葉を否定されるのが嫌いなはずだ。当然、自分の主張が尊重されないのも。

 この前はクッキーなんか焼いて美桜のご機嫌を取っていた男が露骨な態度を取れば、俺だって気が付く。


「凌、ちょっと向かいの席にかけなよ」


 ジークは手で払うように、俺を自分の隣から追い出すと、今まで美桜のいた席に俺が座ったのを確認して、大きく息を吐いた。


「君、結構、鋭いよね」


 腕と足を組んで、背もたれにグッと寄りかかる。彼女の前では絶対に見せないだろう横柄な態度だ。


「表情も変えない、何を考えてるか全然わからない。感情の起伏も少ない。そういうところは美桜に似てる。君を同類だと思い、彼女は君を選んだ。他にも“干渉者”の素質がありそうな人間が何人かいたってのに」


 ジークから、笑顔が消えている。

 優しそうな垂れ目さえ、今は鋭く光って見える。


「『誰にも、自分の秘密を話さない』――そう信じていたからこそ、彼女は君に今までいろいろと打ち明けてきた。確かに君の口は堅い。それどころか、話題を共有する友人すらいない。彼女には都合のいい人物だったわけだ」


「何が、言いたいんだよ」


 ちょうどよく腹が膨らんで、血の巡りが良くなってきていた。

 腹が空き過ぎているより、幾分か頭も冴える。

 ジークが俺に飯を奢ったのも、何か思惑があってなのか。

 ……わからない。ジークが何を考えているのか、俺には全然わからない。


「美桜は君を引き入れておきながら、君がこれ以上この問題に足を突っ込むのを面白く思ってないってこと。……気付かなかった?」


「い……、いや……全く……」


「やっぱり。状況を把握する能力は高いのに、感情を読むのは苦手らしい。それも、彼女にとっては都合が良かったんだろう」


 この言い方。体育館裏で倒れた俺に話しかけた、あの男子生徒と同じ。

 軽々しい喋りで美桜を手懐けているあっちがフェイクで、こっちが、ジークの本性ってことか。ズバズバと物事の本質を言い当てる、こっちが。

 にやりと、ジークの口角が上がった。

 どうやら向こうも、俺が自分の本性に気付いたとわかったらしい。


「本題に入れよ。どうせこのカフェだって、今日のためにわざわざ営業させたか、もしくは市民部隊の関係者しか出入りしてないか、そんなとこなんだろ。ずっと気になってた。こんなことまでして何がやりたいんだよ」


 無意識に語気が強まった。

 別に怒っているわけじゃないが、はっきりしない彼の態度はまるで俺の出方を覗っているようで気分が悪い。


「君には、美桜とこれ以上、親密にならないでもらいたい」


 ――え?

 俺は背けていた目を見開いた。

 突然、何を言い出す。


「できれば彼女とではなく、俺たち“レグルノーラ”側について、こっちで動き回ってほしいと思ってる」


「ちょ……ちょっと待てよ。どういうこと? 美桜に何かがあるって、そう言いたいのか?」


 テーブルに身を乗り出し拳を握って訴えるも、彼は態度を変えない。


「そんなことは言ってない。君にはもっと強くなってもらわなきゃ困るんだ。こっちには、それ相応の支度がしてあるってことさ。わかる?」


 わからなくは……ない。

 まだ実感はないが“覚醒”したとなれば、早期に事態を収拾させたい市民部隊は、俺を戦力にしたがってるはず。でもそれは、美桜と一緒にいたって、できることじゃ……。


「彼女は君を、好いてるんだ。だから、君をこれ以上巻き込みたくないと心のどこかで思っている。君が本格的に戦闘に巻き込まれるようになったら、彼女は悲しむ。だから、君はこれ以上、彼女と親密になってはいけない」


「な、何馬鹿なこと言って。彼女は、美桜は俺のことなんか何とも」


「――そう思ってるのは、君だけだ。彼女は自分の気持ちに嘘を吐いてまで、あんな芝居はしないだ」


 知らなかったのかとジークは全身で訴えてくる。

 冗談、だと思いたかった。

 まさか、彼女が俺のことを? そんなのは、俺をこの場に留めるためのデタラメに決まってる。



――『ミオはリョウのことを、もしかしたらそれ相応か、もしくはそれ以上のモノだと思ってるかもしれないよ』



 サーシャの言葉がよみがえる。

 そんなこと、簡単に信じられる? 彼女はそんな態度、一切取ってはくれないのに。

 だが、笑い一つ漏らさないジークを見ていると、あながち嘘ではないような微妙な気持ちになっていくのだった。

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