ジークの思惑2
「悪いけど、体育館の陰でチラッと見させてもらった。君が“力”を使うとこ」
「――えっ?」
見、た?
俺は思わず、ジークの方に向き直った。
「下校しようと昇降口付近を歩いてたら、女子生徒数人と鉢会って。美桜の居場所を聞いてきたから教室の場所教えたんだ。ついでに、君がガラの悪そうな連中に連れて行かれたようだって耳にして」
まさか。あのとき、人の気配なんて、全く。
「僕が着いたときには、君は既に何人かに襲われ、必死に抵抗していた。当然手助けすることも考えたが、そこで出て行ったらこれまでの潜伏捜査の意味がなくなってしまう。仕方なく様子を見ていたってわけさ」
いや待てよ。確か、俺が倒れ込んだあと、誰かが何かを……。
だが、何を喋っていたのか、どんな人物だったのか、よく思い出せない。すっかり意識を失いかけていて、記憶が曖昧なのだ。
「ジーク……、もしかしてあのとき俺に、何か言った?」
恐る恐る尋ねてみる。
彼はニヤッと不敵に笑い、
「覚えてない?」
と聞き返してくる。
やっぱり何か言われたんだ。何か、引っかかるような言葉を。
「思い出せないってことは、大した言葉じゃなかったってことだよ。僕は単に、『無茶したね』って言っただけ。まさか、駆け出しの“表の干渉者”が自分の世界で“力”を使うだなんて、本当に驚きだよ」
「そんなに……、驚くような……ことなのか?」
「そうね。私は少なくてもあと数か月は、“向こう”で何かあっても何もできないんじゃないかと思ってたわ」
美桜が、神妙な面持ちで口を挟んだ。
「素質にも寄るけど、魔法の概念がない“表”で“力”を使うっていうのは、かなり高度な技術を要するの。私やジークが、お互いの世界から自分の所にモノを移動させるのだって、長いこと経験を積んだからできることであって、突然できるようになったのじゃないわ。しかも、物事を“イメージ”するのが苦手な凌が、“向こう”で“力”を使えたっていうのが驚きね。窮地に追い詰められたからこそなのかもしれないけれど、間違いなく成長している証しよ」
「同感だね」
二人して、無理やり俺をヨイショしたいのではあるまい。
こう、奇妙な褒められ方をすると、要らない臆測を立ててしまう。
俺は肩をすくめ、正面席の美桜と右隣のジークを交互に見た。
嘘を吐いている様子はない……、いや、俺が鈍感なだけかもしれない。二人して俺が来るまでの間に口裏合わせ、とりあえず褒めておこうと言い合ったに違いない。そして、これから無理難題を俺に押しつける気だ。今までだって、持ち上げられた直後に突き落とされてきたのだ。美桜の行動パターンは、ある程度予想が付く。
いぶかしげな俺の目線に気が付いた美桜は、
「嘘じゃないから」
と念を押した。それがまた変な予感をかき立てる。
「ほら、凌。料理、できたみたいだよ」
トントンと、ジークが肩を叩いた。給仕の男性がトレイに料理を載せて運んでくる。
やっと腹ごしらえができると思うと、急に腹が大きく鳴った。
「お待たせしました。ご注文の品をどうぞ。ごゆっくりお召し上がりください」
スッと目の前に出されたのは、クリーム色のソースと焦げたチーズがかかった、リゾットかドリアみたいな主食と、ミネストローネっぽいスープ。ミルクと野菜のとろけた匂いが、ツンと鼻を突く。
「どぞどぞ、食べながら話そうじゃないの」
ジークが言うので、
「じゃ、遠慮なく。いただきます」
両手を合わせ、料理に向かってぺこんと頭を下げた。
美味そう。もう、我慢できない。
「しかし、アレだね。日本人は本当に料理に頭下げるんだね。面白いな」
スプーンで主食をすくってハフハフしていると、隣でジークがそんなことを言う。
「食べ物に感謝するのは可笑しいことじゃないわ。私たちを生かしてくれているんだから」
そう言って美桜も、追加注文したケーキを頬張った。
が、本当はゆっくり飯を堪能している場合じゃないはずだ。何か目的があって今日この場所に集まっているはず。
店内には他に客はない。俺たち三人と、男性給仕、それからキッチンにもう一人。
小さな通りに面してはいるが、明らかに目立つ黄色の看板。人通りも少ないのに、外まで匂う料理の香り。
三人で話し込むためにワザと場を提供しているような不自然さがある。“ダークアイ”が頻出するこの界隈で、まともに商売などできるはずがないのに。
「で、凌は“覚醒”して、何か変わったことは?」
ジークが、本題を切り出す。
やはり、ここで何か、重要な話をするつもりのようだ。
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