21.ジークの思惑

ジークの思惑1

 元々人付き合いの苦手な俺が、よりによって“裏の世界”の変な男に簡単に心を許すわけがない。いくら同じ“干渉者”という立場であったとしても、だ。

 ジークは平日、俺たちの通う翠清学園高校に生徒の姿で潜り込み、情報収集に当たってくれている頼もしい仲間だ。イケメンで会話も上手くて“力”もある。そんなのは改めて言われなくてもわかっていることだ。

 だが、何となく気にくわない。

 やはり、美桜と妙に仲がいいところに引っかかりを覚えるのだろうか。

 俺が縮めようと思っても一向に縮めることのできない距離を、ジークはいとも簡単に乗り越えている。だから、無意識に避けてしまうのだろうか。

 ジークはそんな俺の気持ちなどどうでもいいとばかりに、ニヤニヤとした面を向けてくる。

 彫りの深い顔が美桜の好みなのか。やはり、背が高く適度な筋肉の付いた男がいいのか。無造作な茶髪も、緩めに着崩した市民服も、何もかもが彼を引き立てる。敵いっこない。だから尚更嫉妬する。


「どうしたの、凌。ジークのことじっと見つめて」


 美桜に言われてハッとする。

 別に見つめていたつもりなどない。

 俺は誤魔化すように咳払いした。


「ホントにウチの高校に潜り込んでるのかと思って」


 カフェに流れる音楽が上手いこと場を持たせてくれる。

 美桜と二人きりなのには少し慣れたが、誰か一人加わるだけで状況が一変する。この前サーシャと小屋の中で会ったときも、気まずくて早く“あっち”に戻りたくて仕方がなかった。

 それに、今日の彼女はいつもより大人しめの市民服。街に溶け込むような、本当に“この世界”の住人なんじゃないかと思えるような違和感のなさだ。

 ジークですら、この間のジーンズスタイルから市民服に着替えている。

 それに比べて俺は完全に“あっち”の格好のまま。“この世界”に合わせる合わせない、そういうレベルには達していない。 

 レグルノーラのカフェっていう場所に合わせて着替えてくるんだったと、今更思ってもどうにもならない。二人は、俺よりずっとランクが上の“干渉者”。比べるのは間違っていると頭ではわかっているのだが……、どうにも居心地が悪い。


「潜り込んでるっていうか、紛れてるっていうか。僕はもう、あの中に馴染んでるって思ってるけどね」


 ジークは自分のグラスに注がれたアイスティーを一口含んだ。カラカラと氷がいい音を立て、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 喉が乾いていた。

 給仕の男性が水を寄越してくれる気配はないようだ。そういえば、日本じゃ喫茶店で水が出てくるのは当たり前だけど、高級料理店や海外じゃ水は有料だったとか何とか。

 厨房からはカチャカチャグツグツと音がしている。今まさに注文の品を作っている最中らしい。何を頼んだか知らないが、早くしてくれないと意識がなくなって、せっかく来たばかりだってのに“あっち”に戻ってしまう。


「今年の春から何食わぬ顔で学校に通ってるわよ。大した集中力よね。私でさえ数時間“こっち”に居続けるの辛くなるときがあるのに……って、聞いてる?」


 美桜の口調が強くなった。俺のことをギロリと睨んでいる。


「あー……、ごめん。ちょっと、腹が減ってて」


 言ってはみたものの、


「寝過ごした凌が悪いんでしょ。もう少し待ったら美味しいのが届くから。我慢しなさいよ、小さい子じゃあるまいし」


 そうですねと小さくうなずくしかないような言葉を返され、シュンとする。

 彼女の言う通り、早く起きてさっさとこっちに来てりゃ、こんなことにはならなかっただろう。が、現実は厳しい。俺の身体は思ったようには動かないのだ。


「まぁまぁ、美桜もそうカッカしない。凌だって、まだ“こっち”に来られるようになって二ヶ月経ってないんだし。昨日の今日でグッタリしたんだよ」


 ジークはそう言って、美桜の肩をテーブル越しにトントン叩いた。彼女はその仕草に悪い気はしないらしく、恥ずかしそうにプイとそっぽを向いた。


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