カフェの待ち人4

 路地だ。

 薄暗い、いつもの路地。相変わらず清潔感の全くない、狭い路地。

 美桜と“ダークアイ”に襲われてから何度かこっちに飛んできたが、あれからねっとりした黒色の物体には、幸い遭遇していない。

 やはり、俺と美桜が一緒にいるところを見計らって攻撃を仕かけていたのだろうか。それとも、授業中に飛ぶようになってこっちの行動を予測できなくなったのだろうか。

 どっちにしろ、あまり会いたい相手じゃない。

 俺はふぅと胸をなで下ろした。

 とりあえずのところ、何とか“レグルノーラ”に来ることはできたらしい。あとは待ち合わせのカフェとやらを探すだけ。



――『場所は、いつもの小路から見える通りの一本向こう、黄色い看板のある雑居ビル。小さなカフェがあるから、そこで』



 路地を抜け、大通りに出る。左右確認し、変なモノがいないか確認する。

 レグルノーラでは常態的に魔物があちこちで出現している。いつぞやのように、飛んできていきなり魔物と遭遇することも珍しくない。

 いつだったかジークの所に行ったとき、『“行動パターン”には規則性はない』『“干渉パターン”“魔物の種類と攻撃のパターン”にも特に規則性はない』と言われたのを思い出す。“こっち”に来たからには、常に警戒しておかなければならないと、そういうことだ。

 街に“ダークアイ”が出現するようになってからは、人通りが少なくなった。出会う人と言えば、武装した市民部隊の誰かや、被害調査に当たる書類を抱えた役人ばかり。この辺に住んでる一般市民は、部隊の先導で森の近くにキャンプを張って避難しているらしい。

 こんな危険なところで経営しているカフェって……、本当に、あるのだろうか。

 大通りを右手に進んで信号を渡り、ブロック一つ分進んだあと左に折れる。美桜の言うカフェとやらはこの辺にあるはずだ。

 黄色い看板なんて、目印になりそうでならなさそうな。かといって、レグルの文字を完璧に読めない俺にはそのくらいしか説明のしようがなかったのだろうが。

 曇天模様の空は、今にも雨が降り出しそうだった。分厚く広がった空の下を、翼竜が何頭か飛び交っている。竜がいるってことは、今のところ“ダークアイ”やその他の魔物がどこかで暴れてる事実はないってこと。何となく、俺にもここの状況が掴めてきた。

 小さな商店が入ったビルや古びたアパートが並ぶ通りの両側を、躍起になって探す。黄色い看板。形くらい教えてくれれば良かったのに。

 と、鼻の奥まで届くいい匂いがしてくる。珈琲に似た香り。――カフェ。

 頭を上げると、軒下に黄色い四角形の看板が。カップとスプーン、フォークのシルエットが黒で描かれている。

 ここだ。

 俺はようやくそれらしき建物にたどり着き、木製のドアをゆっくりと開けた。

 カランカランとドアベルが鳴る。

 ジャズに似た軽快な音楽が流れる店内には、食べ物の甘い匂いが充満していた。

 腹が鳴る。ハムエッグ一つきりじゃ当然腹など膨れちゃいない。美桜の言った通り、奢ってもらうのも悪くない。

 白壁に木の柱。薄暗い店内は、間接照明でオレンジ色に照らされている。壁には絵画や押し花が飾ってあって、如何にも美桜が好きそうな洒落た空間だった。

 店内を見回していると、給仕の男性が、


「お連れ様があちらでお待ちです」


 と俺を案内する。

 店の一番奥、壁で仕切られた一角で美桜が手を振っていた。


「良かった。ちゃんと飛べたのね」


 ああと素っ気なく返事して美桜のそばまで行くと、会いたいような会いたくないような人物が一緒に待っていた。


「やぁ、凌。久しぶり」


 イケメンのジークが、にこやかに手を振っている。


「ひ、久しぶり……」


 ちょいと手を上げて挨拶するが、俺は確実に口をひん曲げてしまっていた。

 ジークと言えば、ウチの生徒になりすまして一緒に高校生活を送っているらしい“裏の世界の干渉者”。味方なのは間違いないが、正直苦手な人物だ。


「まぁ、座りなよ」


 何故かジークは、四人がけのテーブルの、よりによって自分の隣に俺を誘導した。そして親しげに腕を俺の肩に回し、


「“覚醒”したそうじゃないか。美桜の予感は間違いなかったってことだね」


 頭までこすりつけてくる。

 直接会うのは二回目だぞ? なんだこの親密アピールっぷり。悪いが俺にそんな趣味はない。男にスリスリされても全然嬉しくない。苦笑いするのが精一杯だ。


「飲み物はどうする? 朝食まだなのよね、食べ物もあるけど」


 俺の気持ちを察してか偶々か、美桜が俺にメニュー表を差し出したので、ジークはスッと身体を離した。

 ジークの変なテンションにはどうもついて行けない。これがワザとなのか地なのか、気になるとこでもあるが。


「あー……、何がいいかな」


 出されたメニュー表も黄色だった。店主が黄色好きなのだろうか。崩したフォントで、何やら書かれているが……、レグルの字は相変わらず全然わからない。


「冷たい飲み物と、腹にガッツリの飯モノがあればいいんだけど」


 困った挙げ句適当に言うと、美桜はさっきの給仕を呼びメニュー表を指さしてそれなりのモノを注文してくれた。


「お代はジーク持ちだから。気にしないでいいわよ。ね?」


「ま、そういうこと。僕も凌に用があったし」


 右隣でジークがテーブルに肘をつきながら、ニヤニヤと俺の顔を覗いている。

 嫌な予感がする。

 ぞわぞわっと変な悪寒がして、俺はほんの少しだけ白人の茶髪イケメンから遠ざかるよう尻をずらした。

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