ジークの思惑3

「いや……、どうだろう。いつも通り、だと思うけど、まだ実感は」


 トマトベースのスープには、豆やら野菜の角切りしたのやら何かの肉やら、よく分からない弾力のある果物やら、いろいろ混ざっていて結構美味い。コレはクセになるなと、スプーンですくって飲みつつ横目に答えた。


「“ゲート”以外の場所から“ここ”に来られたのも、もしかしたら“覚醒”のお陰かもしれないな。そのうち、腕の“刻印”に頼らなくても、来たいと思ったらいつでも“こっち”に来られるようになる。その頃には、“力の解放”も上手にできるようになっているかもしれない」


「“力”の、“解放”?」


「眠っている“力”、普段使わない“力”を、自在に操ることのできる能力。君の“干渉者としてのレベル”がこの先、更に上がっていけば、もしかしたら最終的には、意識せずにその“力”を使いこなすことができるようになるかもしれない。そうしたら、君は“悪魔”と同等か、それ以上の力を得る。完全に“この世界”から“悪魔”を除去することも、夢ではなくなる」


「――言い過ぎよジーク。いくらなんでも、今の段階でそこまで飛躍する必要はないと思うわ」


 美桜がピシャッと言い放った。


 俺も、そう思う。まだ“覚醒”したて、なのに。

 だがジークは話をやめない。


「言い過ぎじゃない。今までいろんな“干渉者”を目にしてきたが、凌は稀に見るスピードで“この世界”に順応している。美桜、君が求める“この世界の平和”への近道は、凌の双肩にかかってる。君だってわかっているはずだよ」


 彼は真剣だった。

 俺は思わずスープをこぼしそうになる。

 冗談じゃない。二人して何を喋ってるんだ。他人に過度な期待をして、それでこの先どうしようっていうんだ。

 知らんぷりをして、このまま食事を続けた方がいいんだろうか。

 主食……リゾットとドリアの合いの子みたいな食い物を、黙々と口に運び続ける。コレはコレで美味い。コメじゃなくて、雑穀か麦飯か、そんな感じのモノに、ホワイトソースとチーズがよく絡む。こんな雰囲気じゃなかったら、もっと美味いのに。何故だか他の二人がピリピリしていて、ゆっくり味わう余裕がない。


「わかって……るとしても、望みすぎるのは良くないと思うわ。可能性に留めておいた方がいい。凌はあくまでも、“この世界を救う可能性のある干渉者”の一人。違う?」


 ふと気が付いた。

 もしかしたら美桜よりも、ジークの方が“この世界”を――。

 膠着状態が、しばらく続いた。

 カチャカチャと食器とスプーンの擦れる音と、店内の音楽が耳に響いていた。

 ただでさえ悪かった居心地は更に最悪になってきていて、俺はただ、奢ってもらった飯を残さず食うことくらいしかできそうにない。

 多分、二人とも最終目的は同じ。だが、期待度が違うのか、向き合う姿勢が違うのか。

 “レグルノーラの人間”であるジークと、“表の世界から来た干渉者”である美桜。立場の違う二人が同じ目標に向かってるんだから、どこかでズレが起こるのは仕方のないことだ。

 だが……、多分だけど、二人の中には俺に見えない何か別の引っかかりがあるような気がしてならない。二人とも、お互いに何かを隠している。それが感情なのか、過去の出来事なのか、それとも別の何かなのか、さっぱり見当も付かないが。


「私、帰るわ」


 ケーキを3分の2ほど食べたところで、美桜が急に席を立った。


「え? ちょ……、待てよ美桜!」


 慌てて立ち上がり後を追いかけようとする俺の腕を、ジークがぐいっと引っ張った。


「駄目だ。君は残れ」


「でも」


 ジークの表情は険しい。


「好きにさせてやればいい」


 足止めされている間に、美桜は店を出る。カランカランとドアベルの音。そしてもう、彼女は“向こう”に行ってしまっているはずだ。

 ジークに捕まれた腕を大きく振った。彼はサッと手を放し、両手のひらをこちらに向ける。


「ワザとだろ」


 俺はジークを見下ろして、ギッと睨み付けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る