崩れる日常3

 金曜の放課後、それまで話したこともない連中が突然親しげに近寄ってきた。

 俺が最も苦手とする、制服を着崩した茶髪のヤツら。チャラチャラしていて素行が悪く、学内でも問題児扱いされている男子数名が、昇降口で俺を囲んだ。


「来澄ってさ、マジであの“芳野美桜”と付き合ってんの?」


 その中の一人、北河瑛司が、にへらにへらと胸くそ悪くなるような口調で俺に迫った。

 北河はチャラ男の中でも最悪な噂を持つ人物。数人の女子をはべらせハーレムを作っているだとか、他校の女子を妊娠させただとか。信憑性はともかく、かなり危険であることには違いない。


「それが?」


 下駄箱から靴を取り出し履き替えようとすると、北河はそんな俺の手をバシンと払った。ボタボタッと音がして、スニーカーがスノコに落ちる。腰を屈めて取ろうとすると、もう一人が襟の後ろを引っ張った。


「芳野、狙ってたんだよね。どうやって落としたんだよ」


 北河は俺の顔前に詰め寄り、普段誰にも見せないような鋭い眼光を浴びせてきた。

 周囲を見渡すと、数人の女子生徒の姿があった。怯え、驚いて動けない様子。だが、こんな所を目撃したんでは、彼女たちだってタダじゃ済まされないだろう。余計なことに巻き込まれるな、逃げろと目で合図すると、それに気が付いたのか、彼女たちは足早に校舎の中に戻っていった。


「場所、変えないか。ここじゃ目立つし」


 ギャラリーがいようがいまいが北河たちは全く気にしていない様子。彼らがこうやって誰かを囲うのは、別に珍しいことじゃないからだ。


「じゃ、定番の体育館裏にでも行こうか」


 北河は日に焼けた顔で、にたりと笑った。





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 このままボコられるのだろうか。

 俺はブルッと身震いしながらも、ある程度予想できていただけに、心の中は意外と冷静だった。

 北河がいつも連れ歩いている四人は、まるっきり彼の言いなりで自主性がない。それは何となく噂で聞いて知っていた。だから、北河さえ何とかなればこの場から逃れることもできるのじゃないか。そんなことを頭の片隅で考えていた。


「お前の噂知ってるぜ。芳野と寝たんだって?」


 体育館裏にたどり着くと、北河は早速本題を突きつけた。

 六月に入って日が高くなったせいか、薄暗いイメージのあるこの場所にも、初夏の日差しがジリジリと照りつけていた。

 体育館の中では女子バレー部がサーブ練習をしているらしい。半開きになった高窓から、バシンバシンと床にボールが跳ね返る音と威勢良いかけ声が聞こえてくる。

 体育館の周囲には背の高い木々が生い茂っていて、その奥には、騒音対策だろうか2メートルを越す高いコンクリ製の塀がある。

 北河の声は壁に跳ね返って増幅されたバレー部の練習音にかき消されたようになって、辛うじて何と言っているのか理解できる程度だった。


「なんで“芳野美桜”は、お前なんかと付き合ってるわけ? どっからどう見てもブサメンのお前が良くて俺はダメ? 意味わかんね。なぁ来澄。お前どうやって芳野を落としたんだ? 言えよ」


 ポケットに手を突っ込み身体を揺らし、威圧するような態度で五人は俺に迫った。如何にも頭の悪い連中がしそうな仕草だ。


「知ってどうするんだよ」


 第一、俺は美桜に告白したことも、彼女とやましいことをしたこともない。

 それどころか日々奴隷のように見下され、冷たい視線に耐えていたくらいだ。付き合ってるなんて、一緒にいるところを不審に思われないようにするために、彼女が適当に作った言い訳に過ぎないのに。

 北河といい、ガリ勉眼鏡の芝山といい、一体、美桜のどこがいいんだ。


「そういう態度が気にくわねぇんだよ。来澄、お前何様のつもりだ? 芳野と付き合ってつけ上がってんじゃねぇぞ」


 つけ上がるという状態がどんなだか、さっぱり思い当たらない。

 俺は無言で体育館の外壁に背中を付け、五人から目を逸らした。

 しかしそれがまた北河の怒りを買ったらしい。ヤツは怒りに堪えきれず、腰を屈めて右足で大きく俺の足にケリを入れる。左のふくらはぎに激突し、俺は思わず身体をふらつかせた。

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