表と裏を繋ぐ場所4

「ハ、ハァ……。初め、まして」


 社交辞令的に俺も右手を出す。握手。手が、デカイ。180以上あると思われるジークとやらの手の中で、俺の手は子供みたいに小さく見えた。


「ま、座って座って。まずはお茶でも飲んでゆっくりしようじゃないか」


 敵か味方か。判断すらつかない正体不明の男は、俺と美桜がソファに腰かけたのを見計らって、手際よくティーポットからお茶を注ぎ、焼きたてのクッキーまで出してきた。

 右隣に座った美桜は、美味しそうに紅茶をすすり、クッキーをかじっている。幸せそうな顔をして食べてるところを見ると、その辺にいる女子高生と何ら変わらない彼女に少し胸が騒いだ。


「ジークは趣味でお菓子を焼くのが好きなのよ。昔はよく焦がしてたけど、腕を上げたみたいね」


 美桜は言って、向こうじゃ決して見せることのない笑顔を、ジークに向けた。


「まぁね。今日は美桜が来るって聞いたから、気合いを入れたのさ。ほら、凌も食べてみて。自信作なんだ」


 そうですかと俺は何度かうなずき、小さなカゴの中のクッキーに手を伸ばす。市松模様のそれは、売り物みたいに丁寧に焼き上げられていた。


「あ……、うん。美味い」


 お世辞ではなく、本当に美味い。甘いものは基本的に摂らないが、紅茶と一緒なら案外いける。

 そうやって次から次と手を伸ばしているうちに、俺は建物に入って以来、喉の奥に刺さったトゲみたいにずっと引っかかっていた何かを、忘れてしまっていた。


「で、どうなの。凌は。素質ありそう?」


 ジークはニコッと顔にシワを作って、美桜に語りかける。


「それなりに。まだまだ隠された力を引き出すには、時間はかかりそうだけど」


 ティーカップを置き、ソファに身を預けた美桜は、腕を組みながらふぅとため息をついた。意味ありげな、難しい顔をしている。


「そんなことより、“悪魔”の動向を知りたくて。調べてたんでしょう? “部隊”だって、闇雲にレグルノーラを駆け回ってるわけじゃないのはわかってるんだから」


「さすが美桜。今ね、少しずつだけど、“表の世界”からの“干渉”を分析して、頻出度合いや傾向を分析してるところだよ。――こっち、来てくれるかな」


 ジークはそう言って立ち上がると、俺たちを奥の部屋へと案内した。

 木のドアを開け短い廊下を抜けると、その先に鉄製の扉が見えた。レグルの字で“関係者立ち入り禁止”とでも書いてあるのだろうか、入り口でジークは壁面に埋め込まれたパネルにタッチし、なにやら入力してる。


「どうぞ」


 促されて中に入ると、そこはまるで他の部屋とは違っていた。

 パソコンのサーバーみたいな大きな箱が、ギッシリと並べられている。ウィンウィンと小気味よく響く起動音、床から天井まで、とにかくたくさんのコード、コード、コード。束ねてあったり壁や床に金具で固定してあったりと、一応は歩行の妨げにならないよう工夫してあるようだが、量が量だけに圧倒される。

 どんだけの台数があるのか、一目には分からない。

 ここから放出される熱を冷やすために、エアコンをガンガン入れていたようだ。


「あー、作業机しかないから、適当に座って」


 いわゆるサーバールーム、みたいなもんなのだろうか。

 広さ十畳ほどの室内には、図書館の棚みたいに整然とサーバーが並んでいる。隅っこにモニターと作業机があって、そこに四つ椅子があった。

 なんだかここだけ、レグルノーラじゃないみたいだ。

 俺は、ここに来てからの違和感の正体に気付き始めた。

 “レグルノーラ”は、俺たちの住んでいる“表の世界”とは全く違う文明や技術を持った世界なはずなのに、なんだろう、このビルの中だけ変なのだ。


「変な顔してるわね。もしかして気が付いた? ここ、特殊な空間なのよ」


 美桜は俺の顔をのぞき込み、不敵に笑う。


「特殊な空間?」


「そう、“表と裏を繋ぐ場所”の一つなの」


 顔をしかめ首をひねっていると、今度はジークが声を出した。


「君らが“表の世界からの干渉者”だとしたら、僕は“裏の世界の干渉者”ってことになる。つまり、行こうと思えばいつでも“あっち”に行くこともできる、というわけさ」


 彼は軽くウインクして、自慢げに腕を腰に当てた。

 なるほど、どうしても会わなきゃと美桜が言っていた意味が、よく分かった気がした。

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