表と裏を繋ぐ場所3

 とぼとぼと後をついて行くと、彼女はある建物の前で足を止めた。少し青みがかった石造りが印象的な、三階建ての細長いビル。窓枠にはめられた曇りガラスから、少しだけ光が漏れている。

 石の階段を上って、青の混じった灰色のペンキで塗られた木のドアを開ける。カランカランとドアベルが鳴り、美桜が「ごめんください」と声をかけると、しばらくして男性の低い声がした。


「どなた」


「私よ。美桜。約束してたじゃない」


「ああ、上がって」


 旧知の仲なのだろうか。砕けた口調で会話を交わしている。

 建物の中は妙にひんやりしていて、俺は思わずブレザーの上から両腕をさすった。石造りなのが原因だろうか。

 バタンとドアが閉まる。


「もうそろそろかと思って、茶を煎れてたんだ。まぁ、ピッタリといえばピッタリの時間、だな」


「忙しいんでしょ。わかってるから、ちゃんとアポとったんじゃない」


「お気遣いありがとう。そっちの連れの人も、中入って」


「あ、は、はい」


 俺は室内をグルッと見回していて、正直会話の方は半分も耳に入っていなかった。

 通されたのは、小さな応接間だった。春色の絨毯が敷き詰められた床の上に、アンティークな白い木のテーブルと、布張りのソファ。森を描いた綺麗な絵が飾られていて、棚の上には森や小さな小屋の絵が描かれた器やら、陶器の人形やらがバランスよく飾られていた。石造りの室内とマッチしていて、家人の趣味の良さがうかがえる。

 鼻の奥に紅茶のいい香りが届いて顔を向けると、そこにはティーポットとトレイを運ぶ、背の高い西洋人の男がいた。茶色いクセっ毛に、ブルーの瞳、彫りの深い顔立ち。目尻の下がった、いかにも女性に優しそうな男だ。


「美桜が連れてくるんだから、もっといい男だと思ってたのになぁ。残念」


「わ、悪かったな、ブサメンで」


 会って早々、侮辱されたことに対する怒りが湧いて、俺は語気を強めた。

 だのにこの西洋人と来たら、ポットとトレイをテーブルに置きつつ、爽やかに返してくる。


「ブサメンて何? 新しい言葉?」


「不細工なメンズ、男性って意味よ。流石ね、ジーク。いきなり相手の痛いところをえぐるなんて」


「あれ? それって褒めてる? 馬鹿にしてる?」


「褒めてるのよ」


 会話の中身に釈然としない。

 男はそんな俺の気持ちなんて構いなしに、ニコッと口角を上げ、すっと右手を差し出してきた。


「初めまして、新たなる“干渉者”凌。僕はジーク。美桜とはかなり長い付き合いなんだ。口は悪いが根はいいから、そこんところは誤解しないでね」


 いわゆる爽やかイケメンだ。

 薄いグレーのシャツを袖まくりし、ジーンズのパンツは穴だらけ。俺よりかなりデカイサイズの革靴が、視界に飛び込んだ。

 白人というだけで勝てる気がしないのに、俺は彼の醸し出す大人な雰囲気にすっかり打ちのめされていた。


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