灰色の世界3

 な、何コレ。何の冗談。

 抱き、つかれ……た?

 端から見たらどう映ったのだろう。愛を語らっているように見えたのだろうか。女子に迫られて、離れようとすると逃さないとばかりに指先に力を入れられて。かといって、そんな気もないのに抱きつき返すこともできず、変にエビ反りになって膝カクカクさせて。

 実際は変な脅迫をされているのにも関わらず、俺は妙に興奮していた。

 一体、なんなんだこの女。俺をどうしたいんだ。


「来澄凌、あなたが“干渉者”である証拠を見せてあげる。もし、目を瞑った後に“レグルノーラ”へたどり着けば、あなたは自分の隠れた力を認めること」


「へ?」


「もし、目を瞑っても何も起こらなければ、私はあなたと今後一切関わらない。それで納得できるでしょう」


「ちょ……ちょっと待って、芳野さんてば。何を言って」


「いいから。目を瞑りなさい」





□■━━━━━・・・・・‥‥‥………





 俺はそこで目を瞑るべきではなかった。

 どうにかして逃れて、その場から立ち去るべきだった。

 俺の意識は、彼女の言う通り“レグルノーラ”に召喚されたのだ。世界の終わりを形にしたような、……灰色の世界に。





………‥‥‥・・・・・━━━━━□■





 突然のことで理解に苦しみ、腰を抜かして尻餅をついた俺に、芳野は言った。


「どう、少しは信じた?」


 初めての召喚で彼女が俺に見せたのは、ビルの屋上からの景色だった。

 東京、……じゃない。少なくとも日本じゃない。それはすぐに分かった。

 天に向かって真っすぐに伸びたビル群と、その隙間に点在する背の小さい建物は、洋画でよく見るヨーロッパやアメリカの街並みに近かった。日本ではほとんど見ることのない煉瓦造りの建物が多く軒を連ねていた。教会らしき建物や石造りの橋がある一方で、ビルとビルの間を抜けるように張り巡らされた高速道路があったり、全体がねじれたような変なデザインのビルがぽんぽん建っていたりする。

 道を走る車には車輪がなく、ビルの合間を小さな飛行機か羽の生えたバイクのような乗り物がブンブン行き交っていた。

 どんよりした空を見上げれば、雲の切れ間から翼竜が現れ視界を横切っていく。


「都市を囲う森は魔物の巣窟よ。だけど、砂漠の侵食を防いでくれる生命線でもある。レグルノーラの人間は、この狭い世界の中で、魔物と砂漠の侵食、そして悪魔に怯えて生きている。それを救うことができるのは、表の世界とこの世界を行き来することのできる“干渉者”だけ」


 俺の狼狽を余所に、芳野はどこか遠くを見つめながら、一言一言噛みしめるようにそう話した。

 冷たい風の感触も、尻から伝わるコンクリの感触も、手を付いたときのざらざら感も、確かに作り物とは思えない。それでも本当に“裏の世界”とやらに来てしまったのかどうか、俺はまだ半信半疑でいた。


「何度か、来たことがあるはずよ」


「はぁ?」


 芳野はまた、おかしなことを言い出す。


「“夢”を介して何度か来ているはず。あなたは無意識のうちにここへ来た。私はそれを知って、あなたに声をかけたというわけ」


 夢……、身もフタもない。第一、寝ている間に見る夢を、どれくらいの人間が覚えているというのか。

 今見ているこの光景だって、夢の中のそれに違いない。朝起きて、アレは夢だったと何となく覚えているがはっきりとした感覚じゃない、あの状態なのでは。


「“夢”じゃない証拠が欲しい?」


「そりゃ、まぁ……」


 のっそりと立ち上がり、尻の汚れを払いながら、俺はとりあえずの返事をした。


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