【6】嘘の代償

17.悪意の片鱗

悪意の片鱗1

 その日は昼前に早々と美桜のマンションから退散した。

 “こっち”の世界でほんの数分間。あっちでは何時間だったのか正確には覚えていないが、今までになく長い“干渉”で、俺は身も心もグッタリと疲れ果ててしまっていた。

 サーシャと一緒に作ったパンやスープの味がしばらく口の中に残っていて、家に戻っても昼飯を食う気にはなれなかった。腹が減っているような減っていないような変な感覚が続いて、俺の身体はあの数分間レグルノーラに飛んでいたのか、それとも意識だけが飛んでいたのか、説明の付かないような状態だった。

 午後は泥のように眠り、次の日曜もグッタリしたまま殆ど身動きが取れずに終わる。

 美桜は“二つの世界”を何度も行き来しているらしいが、疲れた素振りを見せないところを見ると、やはり“慣れ”なのだろうか。小さい頃から“レグルノーラ”に飛んでいたらしい。その頃も、今の俺みたいに疲れて眠り込んだり、倒れたりはしなかったのだろうか。

 第一、“レグルノーラ”とは何なのか。

 何度も飛んでおきながら、未だに理解できない。

 特定の人間しか覗くことのできない不思議な世界の魅力に、俺は知らぬ間に引き込まれ、抜け出せなくなってしまっている。

 最初は面倒臭いと思っていた“干渉者”の肩書きも、消えればいいと思っていた腕の刻印も、いつしか自分の中では当たり前になった。“芳野美桜”という美少女に初めて声をかけられたあの日、もしかしたらいい関係になれるかもと抱いていた期待も、妄想に過ぎなかったと納得できるようになった。

 全て美桜の思惑通りなのかもしれない。

 自分に興味がありそうで、決して手を出すことのないマイナス思考の男子。適度に体力があり、自分の指示通りに動く“干渉者”の卵。そういう都合のいい人間を見つけて、自分の目的を果たすために使う――それが、“干渉者・美桜”の手口なのかも。

 わかっていても、一度突っ込んでしまった問題から簡単に手を引くことなんてできるわけがない。

 いろいろと、わからないことが増えすぎた。

 “レグルノーラ”のこと、“干渉能力”のこと、“ダークアイ”のこと、“悪魔”のこと、それから、“芳野美桜”のこと――。





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 重すぎる頭を引きずりながら月曜日の朝を迎える。

 元々月曜日という存在自体が好きではなかったが、この日は特に気が重かった。

 何よりも、前の席の美桜とどんな風に顔を合わせたらいいのか。色々と余計なことを聞きすぎて、必要以上に迷ってしまう。サーシャの言葉など気にしなくとも良いはずなのに、『ミオはリョウのことを、もしかしたらそれ相応か、もしくはそれ以上のモノだと』なんて言うもんだから、変に意識してしまう。

 あれほど何度も、期待してはいけない、彼女にとって俺はと自分に言い聞かせていたはずなのに。

 学校までの道のりが異常に長く感じられた。

 もしかしたら俺の中の時計が狂ってしまっているのではないかと思えるほどに、最近時間の流れがおかしい。“現実世界”と“レグルノーラ”、二つの世界を行き来しているからだとわかってはいるのだが。

 “こっち”と“あっち”、完全に頭を切り替えなくては。

 思いつつも、自分の意思とは裏腹に身体はずっしり重く、二倍の体力と精神力を使い続ける代償はかなり大きいモノなのだと痛感する。

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