11.“ダークアイ”
“ダークアイ”1
一度感じた“恐怖”を払拭するのは困難だ。深層意識に刻まれた感情は、自分の意思とは裏腹に手足の自由を封じ込める。
眼球の化け物は、俺の弱点を見事に突いていた。
俺は、人の“目線”が怖いのだ。
誰にどう思われているのかなんて気にしないと口では言いながら、本当は他人より数十倍、人目を気にしていた。評判、陰口、噂、どこからともなく聞こえてくる根拠のないものに振り回され一喜一憂する。
愚かだ。
わかっていながらも、俺は自分を見る周囲の目が怖くてどんどん自分の殻に閉じこもっていった。そしてその結果が“ぼっち”状態を生んでいると知っていても、そこから這い上がろうとはしなかったのだ。
人の目が怖い。目線が怖い。
真ん前にある巨大な眼球は、そんな俺を嘲笑うかのようにじっと俺を見つめている。
怖い、嫌だ、逃げたい。
俺の心にはずっと、マイナスのイメージしか浮かんでこない。
「凌の馬鹿! 何を怯えてるの!」
美桜の声が半分だけ耳に入る。
わかってる、わかってるさ。
こんなのに怯えてる場合じゃない。
俺は完全に狙われてるんだ。奮い立って攻撃しなければ。
しかし、手足はおろか口もまともに動かない。
躊躇している間に、眼球を包む黒くねっとりしたモノからニュルッと細く長い触手が何本も伸びているのが見えた。放射線状に伸びたそれは、ぐねぐねと自在に動き俺の身体に絡みついてくる。
ネトッと、耳元で音がした。
粘液を含んだ触手は、握っていた銃もろとも俺の手を掴み、足を掴み、身体を引き寄せていく。触手は水生動物のように、異常にひんやりしていた。
「凌、気を確かに持つのよ! 凌!」
励ましてくる美桜も、黒い眼ン玉に追われ必死だ。彼女は抵抗していた。長い剣を振り回し、触手をなぎ払っている。美桜の長い髪が乱れる。苦しそうな表情を垣間見る。
こんなときに限って身体が動かないなんて――。
――ガバガバッと巨大な何かが風を孕ませ、大きな音を立てた。
視界が急に暗くなり、俺は慌てて眼球の化け物から顔を逸らす。
竜だ。
青碧の翼竜が、ビルの影からニュッとトカゲのような顔を出していた。
いつも空を飛んでいる竜だ。俺は咄嗟にそう思った。
今日は姿が見えないと思っていたが、竜が数体、突如大通りに侵入してきたのだ。
ブワッブワッと竜が羽を動かす度に、眼球は風に煽られてゴロゴロ動いた。
俺に絡まっていた触手も、美桜に迫っていた眼ン玉も、竜に怯えて触手を引っ込めゴロゴロゴロゴロと転がっていく。
「ミオ! 大丈夫か?!」
男の低い声が響く。
一体の翼竜の背に、男が跨がっていた。
「ライル!」
手綱を引きこちらを見下ろす男のシルエットが目に入るも、俺の位置からじゃ顔がよく見えない。どうやら、美桜の知り合いらしいが。
グオォと竜が雄叫びを上げると、眼ン玉はブルブルッと一斉に震えあがった。ギロッと竜が睨みつける。眼ン玉は驚いたように何度かまばたきをする。
もしかして、こいつらは竜が怖い……のか。
黒いねっとりした物体もろとも、眼ン玉の化け物は地面に逃げ込むようにして、徐々に姿を消していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます