第8話 彼女ができちゃったと言う件
「シズルじゃないか!」
麻木市を突如襲った暴風。
それは市の中心にそびえる風力発電用の巨大な風車から発せられていた。
ファジー達は、飛来物を避けながらなんとか風車の足元に辿り着いた。ノボルが風車のナスルの上に立つ少女、……魔法少女シズルに最初に気が付いた。
「シズル……美樹ちゃんどうして」
ファジーが悲痛に叫ぶ。
シズルの正体がファジーのクラスメイトである堂島美樹であることはすでに分かっていた。「トワの欠片」を返してもらっていたから、もう変身できないはずだった。
しかもつい先ほどまで、一緒に楽しくカラオケをしていたのだ。
「思い出したの」
嵐の中、呟くような声がファジーの耳にまで届いた。
「何をよ!」
いつもは高慢なファジーが泣きそうな顔で叫ぶ。
「全部壊れちゃえってこと」
脚を滑らせたかのようにシズルが落下した。頭からまっさかさまに落ちていく。
「美樹ちゃん!」
風で煽られたのか、華奢な体がキリキリと舞う。
しかし本当は風で煽られたのではない。
地面に激突する寸前に、風で多少の補正のかかった自由落下軌道は強引に捻じ曲げられた。そのままファジー達に突っ込んでくる。
大きな音と共にファジー達の背後にあった鉄筋コンクリートの建物が爆発する。巨大な穴が開いた。シズルは建物の天井を突き破って再び姿を現す。その姿は以前とは少し変わっていた。
フリルのついたボンテージっぽい装いが、全体的に鋭角的でトゲトゲしいメタル系っぽい装いになった。目付きも険しくなり、紅く光っている。
紅い瞳がすっと細くなる。
変身したファジーは、間一髪で皆を逃していた。
「気を付けろ。様子がおかしい」
シズルは姿だけではなく、様子も変わっていた。今までなら独特の厨二病的な言い回しで軽口を叩いて来るところだが、口は固く閉じられ、禍々しい殺気を容赦なくぶつけてきていた。
「分かってる。あれは美樹ちゃんじゃない」
ファジーは飛び上がると先端に大きな宝石のついたステッキを頭上にかざす。
「ウィンドパワー、フルチャージ」
羽衣をまとったような新たな姿に変身したファジーがシズルに向かっていき、すぐに戦いが始まった。口では否定していたものの、美樹のことを気にして動きの鈍いファジーと違い、シズルの攻撃は容赦なく激しい。周囲の建物に被害が広がっていく。
ノボル達は建物の影から闘いの様子を見守っていたが、由宇が向かい側のビルに人影を見つけた。
「あそこにまだ人が!」
「もしかして教授じゃないか?由宇はここにいろ」
人影が見えたのはノボルの担当教官である日山教授の研究室の近くだった。教授はよぼよぼのおじいちゃん先生であり、逃げ遅れた可能性は高い。
「私も行くわよ」
二人は戦いを避けながら走り出した。
「シーラ」という我々とは別の世界が存在する。
そこでは我々の世界と同様に人々が生活を営んでいる。文化や様式は多少異なるものの、我々と同じような世界である。
異なるのは永久機関「トワ」の存在と、それを扱う能力を持つ人々、シーラリスタ王家によって世界が統べられているという点である。
無限のエネルギーを産み出す「トワ」の正体と、何故シーラリスタ王家の人間だけがその力を使用できるのかは明らかになっていない。ただ、エネルギー問題から解放されている人々は我々よりは穏やかな生活を営んでいた。
その平和の源である「トワ」がある日突然姿を消した。担当官達による不眠不休の調査の結果、我々の世界、「テラ」にあることが分かった。しかしその時には、王家の中で最も幼い第三皇女ファジー・ヘキサリウス・シーラリスタをテラに送り出すエネルギーしか彼等には残されていなかった。
エネルギー機関を全て「トワ」に頼っていたシーラは社会インフラを含めた全ての機能がストップしたため大混乱に陥り、暴徒も発生していた。迷っている時間は無かった。幼いファジーは十分な準備も無いまま、一人テラへと送り出された。
世界の運命をその小さな背中に背負って。
従者であるボルトと逸れてしまい困っていたファジーは、突如現れた怪人「ザッペリン」を魔法少女に変身して倒した。シーラリスタ王家の人間は「トワの欠片」を用いて力を発揮することが出来る。それがテラの人間には魔法を使っているように見えたのだ。
ファジーは戦闘に偶然巻き込まれた麻木地球環境大学に通うお人よしの大学生、穂高ノボルの下宿に居候することになった。自尊心が強くお嬢様気質の強いファジーとマゾっ気があるノボルは色々と気があった。ノボルの彼女の由宇は世話焼きタイプで二人を優しく見守った。ノボルの研究室の日山教授はファジーの話を信じて、たくさんの助言をしてくれた。美樹以外にもいっぱいの友達が出来た。
「トワ」を探し、ザッペリンと闘う日々の中で、ファジーは様々な人と親交を深めた。
そして「魔法少姫(プリンセス)ファジー」はラスト二話を迎え、最後の戦いが始まっていた。
「新しいフォームや機体や武器や技が出てきた時には、それの活躍で形勢を挽回して勝つのが定番だ」
イケメンアニメオタクの興梠に自慢気に言われるまでもなく、俺だってそんなことぐらい分かっている。アニメに限らず、ハリウッド映画だってそうだ。
「でも、それもまったく歯が立たなくてやっぱりやられると言うパターンも目新しいわけじゃない」
「そうか?んーーー確かに、そんなこともあるな」
思い返してみるとそんな展開も観た覚えがある。
「だから演出としては目新しいものじゃない。でも、ファジーみたいなぬる目の作品の中でそんな演出を持ってくると一気に場が締まる、最終決戦が始まったって気が湧き上がってくるんだ」
「確かに、ここで負けるのかよって思った」
その点には大いに同意した。
ファジーのウィンドパワーモードはシズルの新しい力に全く歯が立たなかった。ファジーが美樹の正気を取り戻そうと名前を連呼しながら戦っていたということもあるが、そもそもの能力に差があることは明らかだった。
ファジーは風車の支柱の半ばに叩きつけられた。ウィンドパワーモードが解除され、通常の白いドレス姿になる。ファジーがいる場所から風車が折れ、轟音を立てながら地面に落下するシーンでAパートが終わる。Bパートは粉塵の中からダメージを受けたファジーが立ち上がるシーンから始まる。止めを刺そうとシズルが舞い降りてくる。
「ファジー、このままじゃ勝ち目が無い。場所を変えるんだ」
巨大な角を持った黒ヒツジのような従者ボルトの助言にファジーは飛び上がる。
「あいつは強い。全力で行かないと負けるぞ。お前が負けたら、あの子を救うことも出来ない」
「分かってる」
ファジー達は一直線に飛び、低く立ち込めていた雲の上に出た。
頭上には燦々と輝く太陽がある。
「ソーラーパワー、フルチャージ」
再び新しい姿に変身する。背中に大きな羽根が四枚広がり、バズーカ砲のようなものを肩に担いでいる。
太陽の光を受け、四枚の羽根が強い光を発っする。羽根で集められたエネルギーがバズーカ砲に供給されていく。
そのエネルギーは、シズルが雲の上に姿を現した瞬間に放たれた。
「サテライトキャノン」
光の奔流が空を貫く。避ける間など与えず、シズルに直撃した。光の余波が雲に大きな穴を開ける。
シズルはその中心に浮遊していた。
突き出した右の拳が赤く燃えている。
「フィションアクセレーション」
小さな呟きに、ボルトはシズルの力の意味に気がついて愕然とする。
「アトミックモードなのか……。おい、このままじゃ勝てないぞ」
「だったらこっちもアトミックを使えって言うの?ソーラーパワーだってやり方はある!」
ファジーは更に高く飛ぼうとするが、シズルがそれを阻む。
「アトミックモードまで使って、なんでこんなことをするの美樹ちゃん!」
「あんたには分からない」
シズルが始めてファジーの問いに答えた。
「家族がちゃんといて、お姫様として育てられて、皆にちやほやされて、なんでも与えられていたあんたなんかに、絶対に私のことは分からない」
叫びながら、容赦なく激しい攻撃をファジーに見舞う。
「私がどんな思いをして生きてきたか知らないくせに!」
シズルの蹴りがファジーの頭部にクリーンヒットし、砕けたヘルメットの欠片が撒き散らされる。
「あんたの何もかも満たされた顔が、最初から気に入らなかったのよ」
手から放たれた光線によって、ファジーの身体が吹っ飛んでいく。
美樹の過去がカットインされる。
母親は美樹がまだ幼児の頃に男を作って出て行った。祖母に預けられたが淫売の娘だと罵られた。祖母が亡くなって父の元に引き取られたが、ろくに仕事もせず、昼間から酒を飲み、よく暴力を振るう男だった。金に困り、娘のポルノ写真を売って日銭を稼ぐような父親だ。
そんな父親でも、美樹は逃れることはできなかった。辛いことなんか何もないかのように外では明るく振舞い、元気良く学校に通っていた。
そんな美樹の前に現れたプリンセスファジーは憧れの存在であり、彼女自身は気がついていないが、憎しみの対象でもあった。
「そんなこと言われたって、分かるわけないでしょ」
ファジーは口の中に溜まっていた血の塊を吐き出した。
そして一転突進。
ボルトの静止も聞かずにひたすら真っ直ぐに突進。
シズルはこれまでと同じように軽やかに避ける。通り過ぎていったファジーに獰猛な視線を向けた後、左頬を流れる血に気がついた。薄くではあるが、一筋の傷が大きく入っていた。
「美樹ちゃんだって、私の何を知っているって言うのよ!」
ファジーは吼える。そして再び突進し、肉弾戦に入る。
「皇女だって大変なんだから。普通の子達みたいに自由に遊べずに王家の者としての勉強ばっかり。いつも誰かの目が光っていて左足を先に出しただけで怒られる。友達も自由に選べないし、好きなこともできない。自分のことよりも王家のことよりもまずは国民のことを考えて行動しなさい。ずっとそんなことばかり言われてきたんだから!」
先ほどまではシズルが一方的に攻めていたが、手数は互角になってきていた。
「貴方は責任のある立場なのですって、挙句の果てに、別世界の、誰もいないところに一人で送り出されたの。世界の命運なんてものを背負わされて」
手数は互角だが、ファジーの攻撃がクリーンヒットする数が増えていく。
「私が失敗したら、お父様もお母様も、兄弟も、国民も、皆死んじゃうのよ!そんなの、美樹ちゃん絶対知らないじゃない!」
シズルは小学生に通うぐらいの女の子としてあくまで明るく、時には傲慢に振舞っていた。しかし胸の内には、大きなプレッシャーを常に抱え込んでいたことをここでぶちまけたのだ。
今や、完全にファジーが押し込んでいた。
「そんなの、分かるわけないじゃない」
シズルが苦し紛れに放ってきた大振りの一撃をかわす。
「でもね、こっちの世界に来て、ノボルに会って、由宇や教授に優しくしてもらって、嬉しかったの。なにより、友達ができて嬉しかったんだからー」
ファジーの拳がシズルの顔面に入る。
シズルは力なく宙を流されながら呟いた。
「ともだち……」
「お願い美樹ちゃん、元に戻ってー」
ファジーの背中に開く四枚の羽根は一射目とは比較にならないほど強烈な光を発していた。
「サテライトキャノン」
空は真っ二つに引き裂かれた。
巨大な光は、麻木地球環境大学の校舎も焼いた。逃げ遅れた日山教授を助け出そうとしていたノボルと由宇も衝撃に巻き込まれる。ノボルはなんとか立ち上がり、立ち込める粉塵の中に日山教授の姿を見つけた。
「先生!」
ノボルは叫ぶが、日山は振り返ろうとしない。建物に開いた大きな穴から、じっと空を見つめている。
その傍らに何かが落ちてきた。落下による激しい衝撃は気にならなかったように、落ちてきた物に目を向ける。
「ファジー!」
落ちてきたのはファジーだった。ソーラーパワーモードの衣装は解除され、白いドレス戦闘服姿に戻っている。ドレスはあちらこちらが破れ、ひどいダメージを受けていることが分かった。
空からゆっくりとシズルが降りてきた。こちらもアトミックパワーモードの衣装は解除されており、通常のドレスも破れている。
シズルはファジーがまだ握ったままだったステッキを取り上げると、日山教授に渡した。
「おお、ようやく手に入った」
教授は満面の笑みを見せた後、冷たく言い放つ。
「さっさと殺せ」
「……もう、必要ないでしょ」
「そうか。ならばお前も用無しだ」
日山教授がスタンガンのようなものを押し当てると、シズルはあっさりと崩れ落ちた。変身が解け、美樹の姿に戻る。日山教授は美樹から転がってきた「トワの欠片」を拾い上げる。
「先生、なにをしているんですか?」
ようやく同じフロアに辿り着いたノボルが厳しく問いただした。
「しているんじゃない。これからするんだよ」
日山教授はゆっくりとノボルに目を向ける。ファジーが慕っていた好々爺のような表情は完全に消え去っていた。
「世界の変革をね」
怒涛の展開を繰り広げて十一話は幕を閉じる。息をつげないという表現がぴったりの見逃せないシーンの連続だった。気合の入った作画で繰り広がられる戦闘シーンの間で繰り広げられるファジーと美樹の心情のぶちまけあいと、細かな感情の揺れには思わず涙が溢れてきてしまう。
何度観ても最高の話だ。
余韻に浸っていると次の番組が始まった。ローカル情報番組で、この番組でしか観たことがない芸人が大げさなリアクションで喚いている。
おかしい……
俺はようやく異変に気がついた。
いつもならファジーが終わったら、清夏(さやか)がちょっかいをかけてくる。番組が始まった時はいつもと同じように俺の背後で携帯ゲームをしていたのだが、いつの間にかゲームの音が止んでいる。
何かを企んでいるのか?それとも寝てしまったのか?それとも珍しくファジーを観て感動しているのか?
ドキドキしながら振り返ると、貼り付けたような笑顔をして清夏は正座していた。
「ど、どうしたの?」
絶対に何かを企んでいる顔だ。ドキドキが余計に速くなった。
なんだ?額からは脂汗まで出てきた。
清夏はやさしくお腹を撫でながら言った。
「できちゃった」
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