第7話 彼女が声優になったと言う件

 ドッカン!


 大勢の女の子達が拳を突き上げてそう叫ぶと、画面は一気に引き、彼女達が水着姿で浜辺にいることが分かる。軽快な音楽に合わせてぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 すっと一人の女の子の顔がアップになると、歌が始まった。


 暑いからって 頭クラクラだって

 簡単にはだまされない

 カキ氷にだって 冷たいジュースにだって

 簡単にはのせられない


 女の子の顔は次々に切り替わっていき、時折ダンスをしていたり、浜辺で遊んでいたりするシーンがカットインされる。

「魔法少姫(プリンセス)ファジー」の第十話は、一瞬何の番組が始まったのか、チャンネルを間違えたのかと思うシーンで始まる。

 最初のサビが始まる頃に画面が切り替わり、メインキャラ達がカラオケに来ているのだと分かる。

 画面の中の少女達のダンスに合わせて、画面の外でもガールズ達がのりのりで曲に合わせて踊る。九話で、シズルの正体であることが明かされた美樹もメンバーに入っている。

 曲は、ファジーの世界で国民的アイドルグループという設定の「池袋UFO」の「Don’t come!」だ。曲中で「Don’t come!」は「ドッカン!」と発音される。ちなみにグループ名のUFOは「アンアイデンティファイド・フィーメール・オーガナイゼイション」の略で、大阪と名古屋にも姉妹グループがある、という設定である。


 第十話「断ち切られた絆」は歌回である。

 歌回とは読んで時のごとく、歌を流すことを目的として作られた回である。

 ストーリーはあってないような、インターミッション的なことが多い。

 九話でファジーのライバル的存在であったシズルの正体が美樹だと明かされた。話数は残り三。十話のタイトルは重い内容を想像させるものだったところに来ての歌回である。

 2チャンネルの実況板では、暴挙だと散々に荒れたらしい。本放送当事、受験生だった俺は当然実況板での議論に加わることも出来なければ見ることすらできなかった。本当に悔しい。

 今見ている再放送の実況板もある。せめてそこにカキコしてみたい気持ちもあるのだが、何故かファジーの時間には彼女である清夏(さやか)が必ず部屋にやってくる。それで観るのを止めたりはしないが、テレビを見ながら実況板に書き込んでいる姿を見られるのは、まだ少し抵抗があるので残念ながらできていない。


 さて、歌回には大きく分けて、総集編のバックに挿入歌が流れるパターンと、キャラクターがカラオケや文化祭などで歌う二種類のパターンがあるらしい。

 なぜそんなストーリーに関係の無い話が作られるのか?

 もちろんCDを売るためだ。

 今や日本の音楽業界は完全な斜陽産業だ。かつてはミリオンヒットの曲が連発されたらしいが、今は一部のアイドルグループぐらいしかミリオンは達成しないし、それ以外の歌手は十万枚に届けば大したものだ。

 先ほどのアイドルグループにしても曲が良くて売れているというよりは、同封されている握手券が目当てで何枚も買う奴がいるし、ジャケットを変更して同じ曲でいくつもバリエーションを作ったりして枚数をかさ上げしている。

 俺も高校生の時にCDを買って握手会に行ったことがある。いつもテレビやグラビアで見ているアイドルは思っていたより可愛くて顔が小さくて優しくて手が柔らかくて、凄い緊張して興奮した。だからCDに握手券をつける手法を悪いとは思わないが、だからと言って何枚も、時には何千枚も買うのは頭おかしいだろ、と思う。

 握手券が良いか悪いかはともかく、そんな付加価値でもついていないとCDは売れない。

 そんな中、堅調にCDを売り続けている業界があった。

 それがオタク業界だ。

 今も昔も、アニメの主題歌は新人歌手の登竜門らしい。売れた後に黒歴史として封印することもあるようだが、今でもアニメ主題歌でデビューする歌手は多い。そこから、一般のJポップ歌手として売れていったり、アニソン歌手として生き残っていったり、消えていったりする。

 Jポップ歌手となるのが成功かというとそうでもなく、アニソン歌手を選んだほうが、息が長かったりするらしい。そして時には、CD売り上げでアニソン歌手がJポップ歌手を上回ることもしばしばある。CDの売り上げという点から見れば、アニソン歌手も馬鹿にできないのだ。

 更にア二ソン歌手の亜流的存在として、アイドル声優がいる。

 アニメキャラクターの声をあてている声優が歌ったりグラビアに出たり、アイドル的な活動をするのである。

 声優が歌うのは昔からあったし、アイドル的な活動をしている人もいたらしいが、現在はアイドル声優花盛りの時代らしい。若手は声優としての仕事だけでは駄目で、アイドル的な活動もしないとほとんど売れないらしい。アイドル声優の特徴的なところとして、普通のアイドルは三十歳にもなればアイドルを卒業して女優や歌手、タレントといった別の道に進んでいくが、アイドル声優は三十歳程度ではアイドルを止める素振りは全く見せず、アラフォーになっても「永遠の十七歳」などと言ってアイドルを続けるのが普通らしい。

 一般的に考えれば少し気持ち悪い話かもしれないが、その人達がアイドルとしてやっていけているのは人気があるからだ。それを支持し、必要としている人達がいるからだ。

 そう考えると、アイドル声優と呼ばれる人達がファンに与える影響力はすごいものだと単純に感心する。

 数字にもそれは表れていて、最近ではアイドル声優のCDがオリコンチャート一位を取るのも珍しいことではないらしい。

 その中の一曲こそが、「You are my エナジー」である。



 ファジーがマイクを手に取ると音楽が流れ始める。前奏に合わせて皆が楽しそうにリズムを取る姿が映し出された後、ファジーのアップになる。歌が始まると同時にカメラは引くが、場所はカラオケボックスの一室ではなく、緑が一面に広がる草原になり、服も白いドレスに変わる。


 雨が降るとちょっぴり幸せな気分になるのは

 虹を見上げるのが楽しみだから

 さよならを大きな声で笑顔で言うのは

 明日また会うのが楽しみだから


 伸びやかな声と一緒に画面も美しく彩られる。

 ファジーの声をあてている声優、神田みゆあは中堅で、アニメオタク達の間では以前から歌の上手さには定評があったらしい。それまでもそこそこの売り上げを記録していたのだが、作品の人気、楽曲の良さ、気合の入ったプロモーションビデオでファン以外の層も取り込み、オリコン一位という快挙を成し遂げた。今でもたまに有線で流れているのを聴くことがある。


 You are my エナジー

 君の願いが力になる

 You are my エナジー

 みんなの願いが私に力をくれる



 ファジーが拍手喝采で歌い終わった後、今度は美樹がマイクを手に取る。拍手に照れながらも、力強い声で歌い始める。ファジーのライバル的存在であるシズル及びその変身前の美樹を演じているのは上原沙沙(さーしゃ)でこちらは若手の実力派といわれる声優らしい。柔らかい声が持ち味の神田みゆあとは違い、ロック調の激しい曲が多い。

 今流れている「Destiny Roulette」も原曲は激しい曲であり、小学生が歌うにはあまりにも不自然過ぎると言うことで、劇中では美樹っぽく歌い直されている。

 こちらも良い曲なのだが、プロモーションビデオにファジーほど力が入れられなかったためか、シングルCDは五位に止まった。しかしこの曲が収録された上原沙沙のアルバムはオリコン一位を記録したので、やはり大したものなのである。

 更に付け加えれば、神田みゆあも上原沙沙も握手券なしでの快挙なのである。

 なのにアイドル声優の世間的な評価が一般的なアイドルよりも低いのはおかしいだろうと思う。

 もっとも俺がそう思うようになったのも最近の話で、大学に入ってファジーを観るまではアイドル声優のことなんて全く知らなかった。高校生の頃は、ボカロ曲は聴いていたが、アニメは見ていなかったし、アニソンにもアイドル声優にも興味は無かった。

 ここまでえらそうに語ってきたことも、俺をファジーにはめたアニメオタクの興梠に教えてもらったことなので、ニワカもいいところだ。

 今も観ているアニメは基本的にファジーだけだし、アニソンもファジーの曲を聴いているだけだ。神田みゆあと上原沙沙のアルバムは一枚ずつ買ったし、これからも買い続けるかもしれない。

 熱心なファンにはほど遠いだろうが、それでも、アイドル声優達の世間からの評価は低過ぎると思うし、それゆえに応援したくなるし、ライブにも行ってみたいと思っている。



 テレビの中では、楽しいカラオケの時間が終わり、美樹がファジー達と別れて一人で帰っていた。そして何者かに拉致された。

 作品の舞台である麻木市の中心には、ファジーが居候している穂高ノボルが通う麻木地球環境大学があり、更にその中心には巨大な風力発電用の風車が設置されている。

 その風車が風も無いのに回り始める。やがて風車自身が風を発生させ始める。

 風車は異常な勢いで回り、強風が麻木市を襲う。木々が激しく揺れ、放置自転車がなぎ倒される。

 街の人達が屋内に避難する中、魔法が使われたことを察知したファジーが外に飛び出してくる。その視線の激しく回る風車に向けられる。

 そして風車のナセルの上には、一人の少女の姿があった。そのシルエットは、シズルのものに似ていた。



 意表をついた歌回だったが、クライマックスに向かう前哨戦っぽく、十話は終わった。

 さて、今日も清夏は俺がファジーを観ている背後で携帯ゲームをしている。レトロゲームのようだが、音だけからは何のゲームか分からない。

 清夏はファジーに興味の無いふりをしているが、放送が終わった後、その回にちなんだ何かを言ってくることがある。今日はなにを言ってくるのだろうか?そわそわしながら背後を伺う。

 こんなことを言うと何を言われるのかを楽しみにしているようだがそうではない。

 実は今日は先生に野暮用で捕まったために下宿へ帰るのが遅れてしまい、放送開始ギリギリになってしまったのだ。清夏は既に来ており、ゲームをしていた。俺は挨拶もそこそこにテレビに直行したのだが、机の上に置かれているものを見逃さなかった。

 上原沙沙武道館ライブDVD。

 この夏、武道館で上原沙沙のライブが開催された。アーティストの夢の舞台とも言われる武道館でアイドル声優がライブである。興梠によれば、最近では珍しいことではないらしいが、それでも快挙であることには間違いないらしい。めちゃくちゃ行きたかったのだが、清夏の目が気になったり、その他もろもろが重なった関係で行くことが出来なかった。当然観に行った興梠の話を聞いて、羨まし過ぎて夜は涙を流したものだ。

 先日DVDが発売されたのですかさずゲットして、既に十回ぐらい観た。ただ、普段は他のDVDと一緒に並べたりはせず、部屋の奥深くに片付けておいた。問題は無いはずだが念の為だ。

 それがなぜか机の上に置いてあったのだ。

 置き忘れではない自信があった。絶対に片付けたはずだ。

 上原沙沙が好きであることは清夏にも言ってある。気を利かせて買ってきてくれたのか?いや、清夏は机の上にプレゼントを黙って置いて、こちらの反応を見て楽しむタイプではない。

 隠し……いや、片付けた場所から見つけ出してきたのだ。そして一緒に片付けてあったアダルトビデオではなく、上原沙沙のDVDだけを机の上に置いたのだ。

 どんな母親だ!


「私は声優になりました」

 有罪判決を告げるかのように唐突にその言葉は振り落とされた。

 無視することも出来ず、俺はギギギギギと振り返る。

 清夏はお玉を手にして立っていた。

「武道館に行きたいかー」

 お玉を突き出して大きな声で言ってくる。

 黙って見ていると、不服そうに目で促してくる。

「おおー」

 力なく答える。

「来たぞー」

「おおー」

「デスティニールーレット」

 そしてアカペラで歌い始めた。

 ここまでの流れはDVDに収録されているライブの進行そのままである。

 カラオケに行っても清夏が上原沙沙を歌っているのを聴いたことはなかったが、けっこう上手い。しかも振りまで完コピしている。

「実は清夏も好きなんじゃないのか」

 そんなことを思いながら、歌に合わせて力なくコールを上げた。

 幸運なことに苦行は一曲分で終わったが、アダルトビデオは全て捨てられたことを告げられた。

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