第9話 彼女が魔法少女だったという件

「さて、半裸の女の子達が大勢出て来ましたが皆さんは間違っていません。ここは「新世代のメディアフュージョンセミナー」の会場です。ちなみに流す映像を間違えたのでもありません。私が皆さんに半裸の少女達を見せたかったのです」

 会場内に小さな笑いが小波のように起こる。よし、今日も掴みはOKだ。

「ちょっと眉間に皺を寄せている女性の方、お気をつけ下さい。私の講演なんかで皺を増やされることはありません。これもメディアフュージョンの一端なのだと、優しい気持ちでお聞き下さい」

 一転、少し微妙な空気が流れる。ここの表現はなかなか思い通りに行かない。いっそ省いてしまいたいのだが、セクハラ発言だと叩かれる可能性はできる限り潰しておいた方が良いという先生の言葉を受け入れて、試行錯誤を続けている。女のヒステリーほど怖いものは無いらしく、それには完全に同意する。

 気を取り直して画像を動画からパワーポイントに切り替えて話を続ける。

「観ていただいた通り、魔法少女ファジーは七種類の異なるモードに変身します。画面の端にクレジットが出ていたことに気づいていただけたでしょうか?登場順にアクアパワー、バーニングパワー、タイドパワー、ジオサーマルパワー、ウィンドパワー、ソーラーパワー、アトミックパワーです。お気づきとは思いますが、それぞれが水力発電、火力発電、潮力発電、地熱発電、風力発電、光発電、原子力発電を表しています」

 俺の説明に合わせて、プロジェクターに映し出された文字が線で結び付けられていく。

「英訳が異なっているものもありますが、そこは演出上の意訳だと考えて下さい。さて、これらは三つのグループと一つの例外に分けられます。まずは水力発電と火力発電です」

 二つの文字群が四画で囲まれ、色が変えられる。

「これらは我々が電気を使い始めた当初から普及し、現在でも世界で広く普及している発電方式です。このもっとも馴染みの深い二つの発電方式が最初に出てきます。次に登場したのが潮力発電、地熱発電です。地球や天体の力を使うと実にクリーンなエネルギー源です。安定した供給を得られると言う利点がありますが、潮力なら海、地熱なら火山が必要と言う地理的な条件に縛られるという問題があります。更に現状では発電効率があまりよくなく、これからの技術のブレークスルーが期待される発電方法です。作品では、このカテゴリーが二番目に出てきます」

 聴衆は聞き入ってくれている。

 今日の会場は某私立大学のサテライト教室のカンファレンスルームだ。東京の中心にある複合ビルの中に入っており、綺麗で設備も整っている。地方の公立大学に通っている身からすると、信じられない豪華な施設だ。このカンファレンスルームは一般教室二つ分ぐらいの広さだが、ゆったりとスペースを持って作りになっており、定員は五十人程度だろう。席の八割程を埋めてくれている聴衆に向かって話を続ける。

「最後のカテゴリーとしては、光発電、風力発電です。昔からクリーンエネルギーとしてよく知られていますが、震災以降、再度注目が集まって普及が進んでいます。しかしこの作品内においては登場が後回しにされ、十一話でようやく出てきたと思ったら、二つともあっけなく負けてしまいます。一つの例外、原子力発電によってです」

 原子力発電、という文字がパッと発光する。

「地震及び津波による被災によって引き起こされた原子力発電所事故の影響で再度注目を集めた光及び風力発電ですが、この作品においては立場を逆転させているのです」

 質問の手が挙がる。ファジーを、むしろアニメなど数年観ていないような中年の男だ。学者ではなく、民間企業の人間だろう。

「それは監督のお考えなのですか?」

「この件について、監督、脚本、プロデューサーを含めて主だった製作者はコメントを出していません。インタビューなどで話を向けられても、個人個人で考えて下さいという返答で一貫されています」

「それは何故ですか?」

「分かりません。これは私の考えですが、原子力発電に賛成していると、いや、反対していないと言ってしまうと、それを叩く人達が現れることがあります。そのような人達に作品が叩かれることを恐れ、また今後の制作活動に支障をきたすことを危惧したのではないかと思います」

「あなたは原子力発電に賛成なのですか?」

 別の方向から質問が飛んでくる。初老の女性だ。市民団体だろうか?

「賛成、反対をこの場で議論する気はありません。監督と同じく、皆さんでお考え下さいと申し上げておきます。ただその前に一つ付け加えます」

 画面を次のスライドに移す。

「原子力発電には大きく分けて二つの方式があります。核分裂反応を利用した方式と、核融合反応を利用した方式です。これはこの作品においても使い分けられています。まずライバルキャラクターであるシズルのアトミックモードは核分裂反応です。この時のシズルは意識を奪われており、不安定で暴走気味です。これは、核分裂型原子力発電の安全性に問題提起をした演出だと考えられます。一方でファジーのアトミックモードは核融合型です。皆さんご存知の通り、核融合はまだ実用化されていない、これからの発電システムです。核分裂がウランやプルトニウムという稀少鉱物を使用するのに対して、水素というありふれた物質を使用するという利点があります。技術開発的な問題点はまだ数多く残っているようですが、最大の問題は、核融合を始めるには多大なエネルギーが必要ということでしょう」



 二年前の秋に放映されて大人気となった「魔法少姫(プリンセス)ファジー」の最終話の冒頭で、ファジーはその力の源である「トワの欠片」が装着されたステッキを奪われてしまう。

 一方、ステッキを奪った日山教授は隠し持っていた「トワ」の力を使って「世界の変革」を実行しようとする。「トワ」はファジーの世界「シーラ」に存在した永久エネルギー機関である。偶然「トワ」を手に入れた日山教授であったが、その巨大な力を使いこなすにはシーラの王族であるファジーのステッキを手に入れる必要があったのだ。

 そしてそのステッキをようやく手に入れた今、長年自分の学説を認めなかった学会への、そして世界への復讐を開始した。

 それに抗うことができるのはファジーしかいなかったが、力の源であるステッキを奪われていた。

「ごめん、ボルト」

 シズルとの闘いですでにボロボロになっているファジーは、マスコットキャラクターである大きな角を持ちサングラスをかけた黒ヒツジの格好をした従者に話しかける。

「何を言っている。俺はこの時のためにここにいるんだ。さあ、遠慮するな!躊躇うな!」

 ボルトが外見に似合わないしぶい口調で小さな少女を力づける。

「うん」

 ボルトを抱いて、ファジーが立ち上がる。強い意志を瞳に込めて。

「お前と一緒にいられて、光栄だった」

 サングラスがキラリと輝く。

「アトミックパワー、チャージアップ」

 ファジーは叫ぶと、ボルトの額に刺さっている十字ネジを自分の額に押し当てた。

 ボルトは体内にエネルギーを溜め込む、蓄電池のような能力を持っている。初登場時の四話ではその能力を敵に利用されていた。ファジーはボルトの体内に溜め込まれていた膨大なエネルギーを一気に使用することによって、核融合反応の力を扱うアトミックパワーモードに変身したのだ。

 日山教授が生み出した巨人、変革者イノベーターに向かってファジーは飛ぶ。



「しかしこの作品においては、核融合がもっとも優れた発電システムだとは言ってはいません。ファジーのアトミックモードでもイノベーターを倒せないからです。では何を表していたのかと言うと、分かりやすいカテゴライズを、グルーピングをして見せたのです。それによって、それぞれのカテゴリーに属する発電システムの問題点を考えて欲しかった」

「光や風力にも問題があるって言うんですか?」

「勿論です。光発電用のパネルには様々な化学薬品が使用されています。パネルを処分する際にはそれらの処理に注意する必要があります。風力に関してはまず騒音問題があります。そして耐久性に問題があることも分かっています。巨大なものですから処分するのは大変です。またどちらも天候に左右されるため、安定してエネルギーを得るのは難しいと言う欠点も共通しています」

「でも原子力よりは安全でしょう?」

 分かりやすい反論に感謝する。

「安全の定義は難しいと思いますが、世間一般的に言えば、原子力発電よりは安全でしょう。だからと言って、光発電や風力発電のデメリットに目をつむって促進するのは正しいのでしょうか?それを考えてもらうために、あえて原子力の力で光と風力を打ち倒したのだと考えます」

「しかしそれは君の、失礼、貴方の勝手な解釈だろう。作者がそう明言したわけではない」

「そうです。だからこそ意味がある。そこにメディアフュージョンの鍵があるのです」



 ファジーがイノベーターと戦っている裏で、ノボルと由宇は日山教授を止めようとしていた。

 二人が研究室に飛び込んでいった時、教授は液体窒素用の大型タンクから「トワ」を取り出したところだった。「トワ」は人の背丈ほどもある大きな宝石だった。暗い部屋の中で、にぶく虹色の光を発している。奪取しようとした二人は、日山教授に殴り倒されてしまう。

 日山教授の白衣はイノベーター同様に黒く染まっていた。よぼよぼしていた足取りもしっかりしており、眼光も鋭かった。

「穂高君、君は良い生徒だった。褒美に特等席で世界の変革を見せてやろう」

「そんなことをして、何の意味があるんですか」

「物事をなす際には観察者が必要なのだ。観察されたことによって、始めて事が成されたことになる。実験の基本だろう」

「そんなことを言ってるんじゃありません」

「では君ならどうする?未知の永久機関を手に入れたら、科学を志すものとしてそれを放置することができるのか?」

「それはファジーの世界のものです」

「君は科学者としては失格だな」

 日山教授は残念そうに首を振る。

「私はすでにこれの力の源を突き止めた。なんだったと思う?」

 ノボルが答える前に話が進められる。

「願いだよ。人の願いがこの夢の永久機関の力の源なのだ。なんとも科学者をバカにした話じゃないか。しかし私は信じる。なぜならそれこそが、私が長年唱え続け、学会の無能共にオカルトだとバカにされながらも主張し続けたエネルギー論なのだからな」

「ねがい……?」

「信じられないといった顔だな。まあいい。残念ながら私もそのメカニズムは解明できていない。しかし理論が正しいことは実証済みだ。欲望が特に高い連中にトワの欠片を与えて実験してきた。その結果は君もよく知っているはずだ」

「じゃあ、あれも全部教授の仕業だったんですか」

「私は力を貸しただけだ。それぞれの願いを叶えるためのな。この宝石には人の願いを具現化する力がある。シーラの人々は永遠に供給されるエネルギーを願ったのだろう。それ故に永久機関となった。そもそもが永久機関なのではない。人々の願いをかなえるためにそうなったのだ。そして己の願いの報いは己で受けなければならん」

「シーラの人達が何で報いを受けなくちゃいけないんですか?」

 由宇が問う。

「永久機関を達成するためには、永久に願い続ける必要がある。何世代にも渡ってだ。もちろんそれは非常に困難だ。おそらくそのためのシーラリスタ王家という社会システムなのだろう。宗教的な要素を含めて、王家が、この世界が永久に続くことを国民に願わせる仕組みを作っているはずだ。しかしどんなシステムもいずれは当初の意識が薄れ、形骸化する。人々の願いの力が弱まる。そこに別の願いが割り込む余地が生まれたのだろう」

「別の願い?」

「それが何かは私には分からん。ただ想像はつく。世界の破滅だ。どんな世界にも冷遇される者はいる。こんな世界は亡くなってしまえと思っている者がいる。その願いを叶えるもっとも手っ取り早い方法が、シーラの世界からこの石がなくなることだったのだ。故にトワは姿を消し、この世界に姿を現した。実験結果から類推するに、我々の方がシーラの人間達よりトワの力を使う適正があるらしい。しかしこの世界でも叶えるのは破滅の願いだ。もっとも私の願いは破壊後の世界の再構築も含んでいるがな」

「ただの怨念返しじゃないですか」

「トワは私の前に現れた。ならばその力を使うのが天の理に準ずると思わないかね」

「科学者を語っておいて天ですか!」

 ノボルの叫びに、日山教授は苦笑する。

「まったくだ。私もまだまだ未熟だな。だからこそ、せっかくの願いを叶えるチャンスを逃がしはしない」

「願いの力なら負けません」

 ノボルは力を振り絞って立ち上がる。

「教授の前にトワが現れたように俺の前にはファジーが現れた。なら、俺はファジーを助けることを願う!」

 その宣言に呼応したかのようにトワが鈍い光を放つ。

「私も願う」

 由宇も立ち上がる。

「無駄なことを。トワを制御するためのステッキは私の手にある」

 そういう日山教授の口調には、明らかに戸惑いが含まれていた。トワから発せられる光はどんどん強くなっている。

「本当の強い願いは、そんな道具なんか必要としない!」

「止めろーーー」



「最後に勝利の鍵となったのは核融合の力を使う魔法少女ではなく、人を救いたいという普通の大学生の願いでした。どの発電方式がもっとも好ましいのかを提示しているのかと思いきや、最終的には実にアニメ的な、物語的な決着を付けたのです。これはどういうことでしょう?我々が願う方向に世界は進んでいくのだから、よく考えろと言っているのかもしれません」

「しかし監督はそんなことは言っていないのだろう。君等の妄言であって、そんなことは意図していなかったかもしれん。そんな曲解をされて戸惑っているんじゃないか?」

 偉そうに言ってくるのは三十代ぐらいの男だ。IT企業の重役か?

「そうかもしれません。ブームを意図して作るのは非常に難しい。しかし魔法少姫ファジーは事実としてブームとなり、若者にエネルギー問題を考えさせる一因になった。大学の志望学科においてもエネルギー系が人気になったとのデータがあります。しかも監督から明確なメッセージがあったわけではありません。あくまでも作品を観た視聴者達が自分で考え、主にネットワークの世界で議論したことによるブームなのです。であるならば、この作品の解析を進めることによって、次のブームを生む、更には次の産業を生み出す方法を見出したいということです」

「君にそれができるとでも」

「ええ、願いを持っていれば」

 会場は様々な意味を含んだ笑いに包まれた。


「お疲れ様。もう手馴れたものね」

 佐倉さんが声をかけてきた。彼女は今日のセミナーの主催会社の社員であり、俺に声をかけてくれた人だ。他のセミナーの時にも、ちょいちょい声をかけてくれる非常にありがたい存在だ。

「おかげさまで。でも、他の方に比べるとまだまだですけど」

 他の講演者は、大学の教授だったり、企業の役員だったりするのだから、まだ大学生の俺とは全然スキルが違う。話の内容はともかくとしてだ。

「そうかしら?一番眠くなかったけど」

「ありがとうございます」

「お礼は来週中に振り込んでおくから。奥様によろしく」

 言い残すと、他の講演者のところに足早に向かう。


 彼女である清夏(さやか)に「できちゃった」と告げられてから一年半が過ぎた。

 パニックになってどうしたらいいのか分からないこんがらがった頭のまま、親と一緒に清夏の家に行った。凄い豪邸だった。知らなかったが地元の名士とか言われる存在だった。

「結婚して婿に入れ。そうすれば許す」

 清夏の親父さんにはかなりの剣幕でそう言われた。親共々平伏して従うしかなかった。後で分かったのだが、清夏は四姉妹の三女で、上の二人が早々に嫁に行ってしまい、親父さんは婿取りにやっきになっていたらしい。普段は豪快なところはあるが怖くはなく、現在は良好な関係を保てている。

「婿に来てもらった以上は、学費も生活費も私が出す」

と言い出して俺の親と一悶着あったが、結果的には清夏の家に住んでいる。

 俺もただお金を出してもらうことには抵抗があったのだが、親父さんは「大学は卒業しろ。金の心配はしなくていい」というスタンスであり、どうするべきか悶々としていたところ、提出した一本のレポートが教授の目に止まった。

「魔法少女の魔法にかかるリアルワールドの住人達」という今から思うと恥ずかしいタイトルのレポートだ。

 これを教授の勧めで講演してみたところ意外に受けた。更に別の講演会や討論会に呼んでもらえるようになった。もらえる講演料は微々たるものであるが、自分の力でお金を稼いでいると言うことが自信になっていた。来月には本も出してもらえるので、そうすればまとまったお金を家に入れることができるだろう。親父さんが受け取ってくれるかどうかは分からないが。

「ただいま帰りました」

「おかえりなさい」

 お義母さんが出迎えてくれる。

「清夏はお友達を駅まで送って行ってるわよ」

「多摩子さん?」

「そうよ」

 多摩子さんのハンドルネームはペロリン姫と言う。かつて「モンスターカルゾー」というアクションゲームで清夏と全国上位ランクを争っていた人だ。清夏と同じような大学生のゲーマーかと思っていたら、実は三人の子供を持つ三十代のお母さんだった。えげつないプレイスタイルからは信じられないほど、ほんわかして優しい人だ。

 妊娠した清夏が精神的に不安定になった時、親身になって支えてくれ、意外と近くに住んでいたことから親交を深めている。ただ、ゲームをする時にはあいかわらず激しく闘いあっているらしい。

「みどりも一緒ですか?」

「寝てたから置いていったわ」

「そうですか」

 いそいそと俺達の寝室に急ぐ。

 ダブルベッドの真ん中で、娘のみどりがすやすやと穏やかに眠っていた。起さないように気をつけながらそっと隣に横たわる。寝顔を見ていると一日の疲れがあっという間に吹き飛んでいく。

 講演の仕事は一見順調ではあるけれども、この先どうなるのかは分からず、行く末を考えるとすぐに不安で押しつぶされそうになる。しかしみどりの顔を見るだけでそんな気持ちは霧散し、逆にしっかりしなくてはならないという気持ちがむくむくと湧き上がってくる。

 この子が安心して暮らしていけるような世界を、家庭を作っていかなくてはならない。

 ほんの二年前にはこんな状況になるとは全く思っていなかったし、自分がこんなに変わるとは今でも信じられなかった。まるで魔法でもかけられた気分である。

「ただいま」

 遅ればせながら、そっと小さな魔法少女に囁いた。



終わり

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彼女が魔法少女になったという件 靖之 @yasuyuki

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