第5話 彼女がライバルができたと言う件

「だってお姫様がいつまでたってもトワを回収しないんですもの。だから、皆がしびれを切らせて私を派遣しましたの」

 丁寧な口調ではあるが相手を下に見ていることを隠そうとしない口調。

 一人の少女が空中に浮かぶファジーの眼前にいた。

「誰よあんた?」

 変身後のファジーには珍しく、眉を寄せ、不機嫌そうに問う。

「これは失礼いたしました。シズルと申します。以後、お見知りおき下さい」

 長い睫を下げ、微かに首をたれて挨拶をする。

 目は憂いを帯びているかのように垂れているが、瞳の赤い光のために怪しい雰囲気を醸し出している。すっと通った鼻梁と小さな口が卵形の輪郭の中に納まっている。薄い緑色の髪は後ろで束ねられて大きなツインテールが背中まで下がっている。身長はファジーとほぼ同じ、やや細身の身体を包む衣装はふんわりとした淡い色のロリータ調のドレス、それを黒い皮のボンテージ風衣装が押さえつけている。

 ファジーと同じ世界から来た魔法少女ような口ぶりだが、ファジーの身体の線を出す、シャープな感じの戦闘スーツとはかなり趣が異なる。

 そして手には、リボンや宝石でデコった鎖釜……。

「知らないわ」

 はき捨てるようなファジーの言葉に、シズルはふっと笑みを漏らす。

「これから嫌でも知ることになりますわ。お姫様を差し置いてトワを持ち帰った者としてっ!」

 シズルが左手を振るう。予備動作無しのワンステップで、鎖鎌の端についている分銅が、すさまじい勢いでファジーへと放たれた。

 ファジーは全く反応できなかった。

 パッと赤い花が咲く。

 ファジーの背後に迫っていた怪人の頭部が弾け飛んだ。

「お気をつけ下さい、お姫様」

 シズルは微笑むと軽やかに跳躍する。そして迫ってきた怪人を立て続けに打ち落とした。

 これまでは一体ずつ登場していた怪人(ファジーはザッペリンと呼んでいる)だが、この話では一度に大量の怪人が発生していた。一体一体の力は以前の怪人よりも劣るが、数の力にファジーは苦戦していた。そこに新しい魔法少女、シズルが現れたのだ。

「己の名前も知らない哀れなサーヴァント共よ、私の大いなる慈悲の力により、お前達を現世と繋ぐ不相応な楔から解き放とう。感謝はいらない、これはただの救済ゆえに」

 大上段に口上を述べるシズルを中心に鎖が大きな円を描く。シズルの鎖は伸縮自在でいくらでも伸びていく。

「聖なる浄化の力を知れ、ギャラクシーサイクロン」

 地上に集結していた怪人達に、鎖が渦を巻いて襲い掛かった。鎖の先についた分銅だけではなく、鎖に触れた怪人たちも泡沫となって消えていく。

 攻撃から逃れた怪人たちは蜘蛛の子を散らすかのようにさっといなくなったが、逃げたのではなくシズルの背後で終結していた。おしくら饅頭のようにひしめき合っていた怪人たちがポンッと煙に包まれると、中から一回り大きな怪人が現れた。周囲にいた他の怪人たちも次々と飲み込まれていき、どんどん巨大化していく。

 すぐに三十メートル程の高さとなった。頭はシズルと同じ高さだ。

「ちまちまと倒す手間が省けましたわ」

 不適に微笑むと、豪腕の一撃を軽やかに回転しながら避け、そのまま分銅は放つ。分銅は巨人の周りをくるくると回転する。そして一気に鎖で捕縛した。巨人は引きちぎろうとするが、鎖はびくともしない。

「私が斬るのは悪ではなく正義でもない。ただ、私の前に立ちふさがる者のみ」

 鎖鎌が金色の光を放ち、光は大きな刃の形を形成していく。

「安心なさい、もう貴方には私の前に立ったことを公開することも無い。デスペアリングスラッシュ」

 光の刃は、巨人を頭から一刀両断に切り裂いた。



「魔法少女作品では、ライバルってあんまりいないんだ。そこが男子向けとは少し違うところかな」

と解説してくれたのは、俺が魔法少女アニメ作品「魔法少姫(プリンセス)ファジー」にはまるきっかけを作った大学の友人、興梠だ。ファジーしか観ない俺とは違って、毎日三本は新作アニメを観ているバリッバリのオタクなんだが、イケメンで物腰が柔らかいので女子人気も高いと言う、少々嫌味な奴だ。

「有名なのは「魔法っ子メグちゃん」に出ていた郷ノン。明るい性格の主人公メグとは違ってクールビューティーなノン、髪が青い上に肌も灰色だったんだから、ライバルとは言え今では考えられないよね。知ってる」

「始めて聞いた」

「一九七四年の作品だから、知らなくても仕方ないよね」

「俺達が生まれる二十年以上前じゃないか!」

 むしろ何でお前は知ってるんだ。

「二人は魔法界の次期女王を決めるために人間界にやってきて、女王になるべく修行して、競い合っていたんだ。とは言っても、優秀なノンがおっちょこちょいなメグを助けるエピソードが多かったんだけどね」

「でも、女王にはメグがなったんだろう」

 優秀な者より、皆を気遣う気持ちとか人情味溢れる話で主人公が最後には良い所を持っていくのがアニメではありがちなことだ。子供の時はそれでもいい、楽しむことが出来た。しかし成長していくに従ってそんなご都合主義のワンパターンが嫌になって、俺はアニメを観るのを止めていた。

「ううん、二人とも失格するんだ。メグは人間に情を持ち過ぎたから。ノンは人間を知らな過ぎたから。それで、人間界でもう一度修行し直すことになって終わったんだよ」

「そんなアニメが昔にあったのか」

 俺は素直に驚いた。

 そんなアニメが俺の子供時代にもあれば、アニメを観るのを止めなかったかもしれない。そうすればファジーの生放送を見逃すことも無かったこともなかったかもしれないのに惜しいことをした!

 しかし冷静になって考えれば、子供の時は魔法少女アニメなんか観ていなかった。むしろそんな女子向けアニメを観ていると友達にばれたら大事になっていただろう。

「ノンは良いキャラクターで人気もあったんだけど、魔法少女におけるライバルキャラという定番を作り出すほどにはならなかった。東映がメグちゃんの後、すぐには魔法少女物を作らなかったって事情もあるんだけどね。次にライバルが出てきたのは時代がぐっと進んで九十年代の「魔法少女プリティーサミー」のピクシェミサかな。メグちゃんの頃は魔女っ子物ってジャンルだったんだけど、この頃には魔法少女物に変わっていて、バトル中心の萌えアニメになってた。プリティサミーの後の萌えアニメ系魔法少女物にはちょいちょいライバル魔法少女が出てくるようになったね。でも、本来の女の子向けの魔法少女物では、仲間の魔法少女の人数はどんどん増えるようになったけど、ライバルキャラは出てこない傾向が未だに続いているんだ」

「そうなのか」

「仲間が増え始めたのはセーラームーンからだけど、結局あれが一番人数が多いのかな。最終的には九人だからね。新しいセーラー戦士はライバルっぽく登場するけど、結局は仲間になるし。プリキュアも最近は大体五人ぐらいいるね」

「なんでライバルは流行らないんだ?」

「そうだねー。男子はお互いに競い高め合っていくのが好きだけど、女子はそうじゃないってことかな。でも、昔の少女漫画のスポコン物では、ライバルがいたよね。お蝶婦人とか」

「お蝶婦人?なんで魔法少女のライバルが結婚してるんだ?」

「魔法少女じゃなくて、スポコンだよ。テニス漫画。ちなみにお蝶婦人は高校生だし、結婚もしてない。本名は竜崎麗香。お蝶婦人はあだ名、称号みたいなものだよ」

「変なあだ名だな」

「そうだね。そういう時代だったんだよ。ところでそろそろ魔法少女のライバルの話に戻っていいかな?」

「ああ……」

 俺が頼んだんじゃないけどな。

「そして忘れてはいけないのが、この世に現れた最強にして最高のライバルキャラこそが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。フェイトちゃんまじ女神!」

 この後興梠は、俺でもどん引きになるほどの勢いで「魔法少女リリカルなのは」に登場するフェイトとやらに対する愛を語ったのだが、とても聞かせられない話だったので割愛させてもらう。なんでも奴をこの世界にどっぷりとはまるきっかけを作ったキャラクターらしい。


 番組の最後に、視聴者にはシズルの正体が明らかになる。

 今回の話の前半で、ファジーと急に仲が良くなった女の子だ。実は一話からずっと登場していた。登場はしていたが、ほとんどセリフは無く、毎回見切れていた。あまりにも見切れているのでネット上では勝手に「ミキちゃん」と呼ばれていたのだが、本名が「美樹」だと公表された時には、それがネットに影響された後付設定なのかどうか、大きな議論になった。

 ところで、この手のシリーズ物で急に出番が増える、主人公と仲良くなるのには訳があるものだってことは俺にでも分かる。

 戦いが終わった後、変身を解いたシズルは美樹の姿となる。ちなみに美樹はボーイッシュで快活な女の子であり、シズルのイメージとは大きく異なる。

「あれ?僕、なにしてたんだっけ?」

 美樹はシズルに変身している間のことを覚えていない。

 この後、物語が進んでいく間に、美樹のかわいそうな家庭環境とシズルに変身するようになった経緯が語られることになる。



「ちっ、くそっ」

 番組が終わると、口汚い言葉が耳に届いてきた。

 振り返るといつもの通り、クッションを間に挟んで背中を壁に預け、両足を前に放り出して座り、ゲームをしている清夏(さやか)の姿があった。

 俺の彼女である清夏は、俺がファジーを観ている時にはゲームをしながら待っていることが多い。いつもは最新の高性能携帯ゲーム機でわざわざレトロゲームをやっていることが多いのだが、今やっているのは先週でたばかりのアクションゲームだ。今までは俺がテレビを見ているにもかかわらず、音を垂れ流しながらゲームをやっていたのに、今日はゲームに集中したいからとイヤホンをかけてプレイしている。

 だったら自分の家に帰ってプレイすれば良いだろうに。

 ストーリーモード的なものは二日でクリアし、その後はネットワークプレイに勤しんでいる。オンラインネットワークで知り合った誰かと、敵を倒すクエストに出るのだ。示し合わせれば実際に友人と一緒にクエストに出かけることもできる。清夏はいちおう最初は俺を誘った。いちおう、と言うのは俺がアクションゲームが苦手なことを知っているからだ。貸してもらってストーリーモードをプレイしたが、案の定、すぐに断念した。

 俺もゲームはするが、アドベンチャーやシミュレーション、ロールプレイングなどの、反射神経を必要としないゲームがほとんどだ。

 一方の清夏はかなりのゲーマーであり、アクションゲームも得意だ。ネットワークモードでは全国ランキングが実施されており、清夏は上位十位にも顔を出している。一緒にクエストをやっても足を引っ張るだけだ。

「あー、もう」

 全国ランカーが苛立ちながら顔を上げる。俺と目が合った。

「そっちは終わったんだ」

 イヤホンを外しながら訊いてくる。

「そっちは、P?」と訊き返す。

「ほんっと嫌な奴」

 顔を歪めて憎々しく答える。

 Pとは、ネットワーク上でペロリン姫を名乗っている人だ。清夏と同じ女性上位ランカーだ。実力は伯仲しているらしく、抜きつ抜かれつを繰り返しているらしい。

 しかしこの二人は仲が悪い。この一週間、清夏はPの悪口を言い続けている。ペロリン姫と言いたくも無いと言うことで、俺達二人の間ではPと呼んでいるほどだ。そんなに嫌いなら係わり合いにならなければいいと思うのだが、何故か二人は一緒にクエストに出ることが多い。そして足の引っ張り合いをして、更なる憎悪の気持ちを高めているのだ。

 俺はプレイをしていないにも関わらず、多プレイヤーへの嫌がらせプレイに関してすごく詳しくなってしまった。そんなことまでやるのかと言うえげつない手が色々とあるのだ。そんなことをせず、純粋にプレイをすれば二人とももっと上位が狙えるのではないかと思うのだが、清夏も、そしてペロリン姫も止める気はないようだ。

 これも一種のライバルなのかもしれない。そう思うこともあるが、決して口には出さない。

「もうワンプレイして良い?」

 清夏が画面を睨みながら聞く。Pにチャットで「逃げるのか!」とか挑発されているのだろう。

「叩きのめしてやれ」

「もちろん」

 不適に笑いながら清夏はイヤホンをする。

 課題でもやっているかと教科書に手を伸ばそうとした時、清夏が平坦な声で聞いてきた。

「石川風子って知ってる?」

 画面を見つめている清夏の顔は無表情だ。すでにゲームは始まっているのか、指と目は激しく動いている。

「俺と同じクラスの?知ってるけど」

 何事だろうか?

「あなたのことが好きなんだって」

「へぇ……」

 意外を装って答えたが、ドキドキと高鳴る鼓動を隠すのに必死だった。

 石川風子は同じ学部の同級生だ。学部の違う清夏よりは、大学内で出会うことは多い。

 五人ぐらいのギャルっぽい女子のグループで一緒に行動していることが多いのだが、最近、同じ授業の時は一人で俺の隣の席に座ってきていた。何故なのか疑問に思いつつも、他愛の無い世間話をするぐらいの仲になっている。

 気があるんじゃないのか?と冷やかしてくる男友達はいたが、清夏と付き合っているのは知っているはずだし、そんなことはないと思っていた。

 しかし、なんで学部の違う清夏がそんなのことを知っているのか?

「どう?」

 短く、平坦な問い。

 必死に思い出す。隣に座って話はしているが、それ以上のこと、やましくなるようなことはしていないはずだ。学科の飲み会で一緒になることはあったが、二人だけでランチを食べたりしたことはない。

「どうもこうも。……俺が好きなのは清夏だし」

「ふうん。あ、くそまたPめ」

 清夏は口汚く罵りながらゲームの世界に入っていった。

 ふうんってなんだよ。そう思いながら教科書を取り、ページをめくるが、内容はちっとも頭に入ってこなかった。

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