第4話 彼女が映画化されたと言う件

「ビッグウェーブマウンテン」


 緑の、タイドパワーモードの戦闘服に身を包んだ魔法少姫ファジーは手に持った三叉の槍、トライデントを天に向けて叫ぶ。先ほどまでは眩しいほどに青かった空にいつの間にか暗雲が低く立ち込めていた。トライデントの先から迸り出た稲妻は暗雲を切り裂いて天へと上っていく。

 雲の真ん中に大きな穴が開いた。穴の中で放電現象が起こっているのが見える。白く光るエナジーの塊は、巨大な集合体を作り、巨大な穴を満たしていく。

 それが飽和に達した瞬間、空を真っ二つに切り裂いて白い柱が落ちた。鼓膜を破ろうとするかのごとく乱暴な轟音が鳴り響く。音だけで身体が吹き飛ばされそうな強い圧力になり、浜辺に立つ人たちは大きくよろめく。

 白い柱が落ちた海の真ん中には、空と同様に巨大な穴が開いた。

 一瞬後、波が誕生した。あっという間に巨大な波に成長する。

 山のように高い高い波だ。

 その内部ではごうごうと水流が蠢いている。

 驚きの速さで波は浜辺へ接近した。

 凄まじい勢いで、膨大な質量の水が目標に叩きつけられる。

 ひとたまりも無かった。

 赤い金魚のような装いをした怪人は、簡単に押しつぶされた。ひらひらとした衣装がぼろ切れのように引きちぎられる。

 波に踊らされるだけになった身体が、ざっと波に連れ去られて見えなくなった。

 そして、山のようにそびえていた波が急速な勢いで海へと帰っていく。

 その波間の中に、怪人が消える時にいつも放つ光が瞬くのが微かに見えた。

 低くのしかかっていた暗雲は波と一緒に引いて行き、青空が戻ってきた。

 平和で楽しい海水浴場が戻ってきた。先ほどまで緊迫していた状況は一変、邪魔が入ったけど残り時間は海を存分に楽しもう、といったのりでキャラクター達が海へ飛び出していく。


 俺が苦難の大学受験生活を送っていた昨年秋に放映されて人気を博した深夜アニメ「魔法少姫(プリンセス)ファジー」の第六話は「水着回」だ。

「水着回」というのは萌えアニメに必ず用意される定番の話であって、読んで字のごとく、キャラクター達が水着姿を披露してくれる回である。

 子供っぽい水着をバカにされたり、逆に大人びたデザインにどぎまぎしたり、着痩せするタイプで意外とグラマラスだったり、想像通りのツルペタ洗濯まな板だったり、波打ち際を走ってみたり、ビーチバレーをしてみたり、砂に埋められてみたり、頑固にビーチパラソルの下でスマホをいじっていたり、浮き輪でまったりしていたら沖に流されてしまったり、サメが出たり、ポロリもあったりなかったりするのが「水着回」である。

 需要もあり人気もあるので、製作側もやたらと力が入っていたりする。

 神作画!と称えられるのが多いのも「水着回」が多い。

 人気キャラクターは後にフィギュアが作られたりするので、一回しか使われないのに水着のデザインも凝ったものがしっかりと用意される。


 勿論、「魔法少姫ファジー」においても、「水着回」は力が入れられている。

 メインの女性キャラクターが少ないため、いつものコンビニのお姉さんや、近所の女子高生や、ファジーのクラスメイトの小学生達や、これまで通りすがりレベルでしか登場していなかった女性キャラクター達が大量動員されて画面を彩っている。

 肌色比率が非常に高まっている状態を、彩っていると言うかどうかは分からないが、彩っているとしておこう!


 正直、彼女が背後にいる状態でこの話を見るのは辛い。

 無言のプレッシャーを感じる。

 今まで彼女が、清夏(さやか)が部屋にいて、ビデオでファジーを観る時には、意図してこの話は観ないようにしてきた。清夏は俺が萌えアニメを観ていることに関してはノーコメントを通しているが、快く思っていないことは分かっている。俺の部屋で俺が何を観ようと勝手だ、という気持ちもあるのでファジーを観るのは止めないが、刺激の強い話をわざわざ観て、大きな火種を作るのは俺としても本意ではない。

 清夏が俺の部屋にいる時間が長いとは言え、同棲しているわけではないのだから観る機会はいくらでもある。

 第六話は清夏がいない時に観るようにして来た。

 でも、今日のこの再放送はなんとしても生で観たかった。


 第六話は「水着回」という以外にも重要な話だ。

 今まで出てきた怪人たちを裏で操っていた者の正体が明らかになる。学校近くでリサイクル会社を営む美人若手女社長 荒川美沙である。最後は自らが金魚のような怪人に変身し、ファジーに敗れる。

 少女向けに作られた魔法少女アニメであれば、倒された美沙が改心した姿で終わるのだろうが、ファジーでは波に流されていったままでその後はなんのフォローもない。最終話でフォローがあるのではないかとも言われたが、全くなかった。これが深夜アニメっぽいブラックさだとオタク達の一部で受けた。

 そして新しい変身「タイドパワーモード」。

「タイドパワー」と言われても何のことかすぐに分かる者は少なかったが、ネットの力ですぐに明らかとなった。潮力発電のことである。

 潮の満ち引きを利用して発電を行うことであり、ゆえに津波を使った攻撃をするのだと納得された。

「潮力を使う魔法少女は初めてだったからびっくりしたね。似たようなところで重力を使うタイプはいたけど、潮力は始めて。しかも、前の話で水を使うアクアパワーモードを出したばっかりなのに、なんでわざわざ潮力なんてマイナーなものを持ち出したのか、放映当時は議論になったものだよ」

と、俺にファジーを教えてくれた同級生のイケメンオタク興梠、放送当時は浪人生、は解説してくれた。

「まさか発電問題に一石を投じる作品なんだって布石だとは、誰も思わなかったけどね」

 確かに、俺も思わなかった。この後、ファジーはただの萌えアニメではなく、実は社会派作品であったことを露にしていくのだが、詳しくはまたの機会にしよう。

 ちなみに攻撃に海が必要なためか、強力な攻撃力を持っているにもかかわらず、タイドパワーモードが登場するのはこの話だけだった。


 そして最後、皆が帰ろうとしていた時、一人の少女が波打ち際に打ち上げられていた白い宝石がついたペンダントを拾う。美沙がしょっちゅう長い指でいじくっていたペンダントだ。その明らかにキーアイテムであろうペンダントを拾った少女が誰なのかはその時点では明らかにならなかったため、誰だったのか?今後なにが起こるのかが、ネットでは激しく議論されたらしい。

 俺もその議論に参加したかった!


と、六話が重要な話であることを長々と説明してきたが、俺が清夏の痛い視線を我慢してまで観ていたのはこれらが理由ではない。今まで何度も観ているし、それこそ後でビデオで観れば良いことだ。

 問題は番組放送後にある。

 エンディングが終わり、次回予告も流れたところで、黒字に白抜きでその文字が唐突に現れた。


 魔法少姫ファジー映画化決定 今冬全国公開


 この瞬間、ツイッターや2チャンネルでは「キターーーーーーーーー」という言葉が踊りまくっているであろうが、俺は参戦できない。

 ただぐっと心の中で拳を握り締め、感動に震える。


 実は昨晩には既に映画化の話は知っていた。真夜中に興梠が電話を掛けてきたのだ。

「なんだよ?」

 不機嫌に電話に出た俺に、興梠はハイテンションで叫んだ。

「ファジー映画化だって!明日の放送で告知されるらしいから!」

「劇場版ってなんだよ?」

 確認する前に電話は切れていた。耳元で大きな声を出されて目が覚めてしまったのでスマホを見ると、ツイッターのタイムラインが凄い勢いで流れていた。フォロワーにアニメオタクは一人しかいない。全部興梠のツイートだ。興奮し過ぎて訳が分からないので2チャンネルを見に行ったが、そこは輪をかけて興奮し過ぎている奴等の巣窟だった。

 よく分からなかったが、ファジーが映画化されるのは確かな情報らしかった。そもそも今回の再放送は、続編か映画化の布石だというのは放送前から言われていた。それがついに現実となったのだ!取り敢えずはそれに満足して寝ることにした。

 しかし、恥ずかしながらオレも興奮してきてほとんど眠れなかった。お陰で今日の授業は眠くて辛かった。

 興梠と映画について話したかったが奴は学校に来なかった。メールによるとファジーを一話から見直していたらしい。

 さすがだ!


「ドキューーーーーーーン」

 唐突に撃たれた。

 いきなり撃たれた。

 いや、魔法にかけられたと言うべきなのだろうか?


 彼女である清夏は、先日からファジーを見終わった後に魔法をかけてくる。魔法少女になったとか、新しい魔法を覚えたとか言ってである。

 勿論本当に魔法が使えるたりはしない。しかも指を拳銃の形にして撃ってくるのだ。お遊びにしろもう少し魔法少女っぽくして欲しい。言わないけど。

 今までは前ふりがあった上で撃たれていたのだが、今日はいきなり、しかも背後から撃たれた。今回はどんな魔法をかけられたのかと恐る恐る振り替える。

 清夏魔法の怖いところは、ファジーのように魔法に名前がついていなくて、バキューンとか言われるだけなので、どんな魔法をかけられたのか分からないことだ。

 振り替えると、清夏は指拳銃を自分の頭に向けていた。

 そしてなぜか、水着姿だった。

 鮮やかなレモンカラーのビキニだ。大きな胸が窮屈そうに押さえつけられている。


「私は映画化されました」


 俺の思考が状況に追い付く前に新しい呪文が唱えられた。


 映画化されました?

 これまで以上に意味が分からない。

 映画化されたらどうなるんだ?作画が良くなるのか?

 有名な歌手が主題歌を歌うのか?

 芸人が声優をするのか?


「な、なんで水着?」

 喉を鳴らしがら訊くのが精一杯だった。

「次は水着回だって盛り上がってたから……」

 しまった!聞かれていたのか!

「いつ気づかれるかドキドキしてたけど、最後まで気がつかないって言うのもちょっとショック」

「いや、それは、着替えてるなんて思わないから」

 誰がテレビを見ている後ろで、彼女が水着に着替えていると思うのか!

「二年前のだから、少しキツいし、子供っぽいし…、どう?」

 身体をくねらせながら上半身を近づけて来る。顔は真っ赤だ。

 下着姿は何回か見ているが、自分の部屋で彼女が水着姿でいるのは、それとは違う、いつもとは違う興奮を覚える。

 似合ってるかどうかなんて二の次だ。

「3D」

 いたずらっぽく笑いながら、飛び出してきていた上半身が引っ込む。思わず右手が追いかけてしまうが、するりと逃げていく。

「ダメ。映画なんだから触れないの」

 また、飛び出してくるが触ることはできない。

「視るだけ」

 その時の俺は、完全にファジー映画化のことを忘れていた。


 俺の彼女の魔法は最強だ。

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