第3話 彼女がマスコットキャラはいらないと言う件

「何をしている。そいつには水の攻撃は効かないぜ。火の力で攻撃しろ!」


 魔法少姫(プリンセス)ファジーの危機に突然飛来した白くてもこもこした物は、そのもこもこっぷりに似合わない渋い声で、ファジーを叱咤した。

「ボルト!」

 苦痛に顔をゆがめていたファジーはパッと顔を綻ばせ、喜びと安堵の混じった声を上げた。しかしすぐに仏頂面を作り、苦々しく言い返す。

「分かってるよ。今までもたもたしていたくせにえらそうに言うな」

憎まれ口を叩くが、その顔は自然ににやけてきてしまうのを隠せていなかった。

「だったら、早くしろ」

 もこもこはまたしても渋い声で返す。尖ったサングラスの先がきらんと光る。


 もこもこはヒツジ……、ヒツジのような姿をしている。

 ヒツジの形をした大き目の湯たんぽにそっくりだ。白くもこもこしたこれぞウール百パーセント!って感じの胴体部分には癒されるが、黒い顔は癒し系とは少し外れる。額の真ん中には大きな六角ボルトがねじ込まれており、その天辺にはプラス穴が穿かれている。その下には二等辺三角形を二つ合わせた形の真っ黒なサングラスをかけている。そして頭の左右には渦巻状の立派なアモン角を備えている。

 顔だけ見ると厳ついイメージだ。

「だから、えらそうに言うな」

 一度アクアパワーモードを解除したファジーは、先端に大きな宝石のついたステッキを頭上に掲げて大きな声で呪文を唱える。


「リ・コンバーション、バーニングパワー チャージアップ」

 紅蓮の炎が現れる。空気をも焦がす熱量はファジーの白いドレスを瞬時に燃やし尽くす。

 しかし、少女の身体を燃やし尽くしたりはしない。むしろ、それを守る戦闘服を形作っていく。


「バーニングパワー フルチャージ」


 緋色のドレスは、日本の巫女をモチーフにしたようなデザインだ。ステッキも長刀へと形を変えている。

「油断するな」

「分かってるよ」

 ファジーをヒツジは、共に敵へと飛んでいく。


 ヒツジ、ボルトは魔法少女物に付き物のマスコットキャラクターである。

 マスコットキャラクターは作品によってその役割は異なるが、多くはペットだったり従者だったり導き手だったりする。作品を通じて、友情や信頼関係を築き上げていくのが定番だ。


 普通は一話から登場するものらしいが、魔法少姫ファジーでボルトが始めて登場するのはなんと四話である。しかもその時は敵に捕らわれていたたため、正式なマスコットキャラクターのポジションに就くのは五話からである。


 外見のデザインはデフォルメされた動物ではあるが、ヒツジというのは珍しいらしい。


「やっぱりネコが圧倒的に多いよね」

 何がやっぱりなのかは分からないが、俺をこの道に誘ったイケメンのアニメオタクである興梠が言っていた。

「後は犬とかウサギ。最近はフェレットも人気かな。後は小動物っぽい得体の知れない生き物だね」

「得体が知れないって…」

 仮にも少女達のお友達になんてこと言いやがる。

「でも、改めて考えると得体が知れないよね」

と幾つかの作品のマスコットキャラクターを見せてもらった。どれも一見可愛らしいデザインなのだが、そう言われて見ると、確かに得体の知れない奴らばかりだった。

 少女達はよくこんな奴らを信じる気になったものだ。

「となるとヒツジと言うのはなかなかにグッドな選択だよね。良く知られている動物だし、癒し系だし」

「顔は全く癒し系じゃないけどな」

「そうやって少し外すところが良かったんじゃない?」

「そんなもんかな」

「太田伸輝がマスコットキャラをやるなんて誰も思ってなかったしね」

 渋い声の主である太田伸輝は、アニメ界では有名なベテランらしい。ベテランらしく、長いキャリアでも始めての魔法少女のマスコットキャラクターを熱演し、大絶賛されたとのことだった。

 ボルトが感極まった時に嘶く「めえええええええ」というセリフは大流行し、ネットで頻繁に使われるだけには止まらず、ファジー関連のオフ会などではファンの証として皆で嘶くと興梠が言っていた。

 少し羨ましい。


 敵を倒した後、ファジーとボルトが改めて再会するのだが、ファジーは照れくさがって、なかなか正直に再会を喜べない。

 ここでボルトの有名な小粋なセリフ……を、ドスッという音が打ち消した。

 振り返ると、彼女、清夏(さやか)が背もたれにしていたクッション代わりのぬいぐるみに重い右ブローを撃ち込んでいた。


 ちなみに清夏は今日も、俺がテレビを見ている後ろでゲームをしていた。

 ぷよぷよ、しかも古い奴らしい。最新携帯ゲーム機の開発者は泣いていることだろう。

 やたらと「ばよえ~ん、ばよえ~ん」言っていてうるさかった。


「どうしたの?」

 その拳が俺に向けられることがないように気を使いながら話しかける。

 これまでも暴力を振るわれたことはないけれども。

 清夏はぎろりと目を向いた殺伐とした表情で振り返る。

「前から思ってたんだけど、これ、背もたれには向かない」

「それはまぁ、クッションじゃないからな」

 清夏はクッションとして使っているが、実際は大きなぬいぐるみだ。正確には、ボルトのぬいぐるみだ。

「この角が邪魔なの」

 忠実に再現されている大きな角をぐいぐい引っ張り始める。

「取って良い?」

「ダメだ」

 思わず声が大きくなる。

 ヌイグルミは興梠に誕生日プレゼントとして貰ったものだ。そりはまあどうでもいいのだが、期間限定での販売だったらしく、これから手に入れるためにはネットオークションで大枚を払わなければならない。

 何より、俺の部屋で唯一飾ってあるファジーグッズなのだ!

 声の大きさに、隠していた想いがばれたのではないかとひやりとしたが、彩夏はそれ以上は追及してこず、ヌイグルミを軽く放り投げた。

「クッションが欲しい」

「持って来ていいよ」

「買って」

「俺が?」

 必要ないのに?

「買って」

 清夏は繰り返す。こうなるともう諦めるしかないことを知っている。

「今度な」

「今から行く」

「えー」

 窓の外はすっかり暗くなっている。

「今からロフトにでも行くのか?」

「ライフの二階で売ってるでしょ」

 近所のスーパーというかなりリーズナブルな提案がなされた。それぐらいなら良いか。


 二人で一緒に夜道に出る。

「ついでに晩飯食うか」

 そんな提案をしてみる。

「ジンギスカンが良いな」

「そんな金ねーよ!」


 調子に乗りやがって。

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