第2話 彼女が新しい魔法を覚えたと言う件

「リ・コンバーション、アクアパワー チャージアップ」

 敵の攻撃に手こずっていた白い戦闘用ドレスを身にまとった魔法少姫(プリンセス)ファジーは、後ろに大きくジャンプして間合いを大きく取ると、先端に大きな宝石のついたステッキを空にかざし、大きな声で呪文を唱えた。


 ステッキの先に取り付けられた宝石が光を放つ。

 光はすぐに渦を作り始める。最初は小さかった渦はすぐに大きくなっていき、それが巨大な水球であることが分かるようになる。

 ファジーは両手で水球ごとステッキを頭上に掲げる。

 水球は既に、少女の三倍ほどの大きさに膨らんでいた。

 ファジーはきっと顔を上げ、水球を見る。それを合図に、緊張が解かれたかのように水球が爆発した。

 水の滝が容赦なくファジーに降り注ぐ。

 激しい水流がドレスを洗い流していく。

 だからといって肢体が露になるわけではなく、水流が要所要所をガードする。やがてその水流が服の形になっていく。身体各所のパーツができあがったと思われたところで、全体が巨大な水球に包まれる。

 そしてその水球を弾き飛ばし、変身を終えた魔法少女が姿を現す。


「アクアパワー、フルチャージ」


 先ほどまでの白いドレス姿からは一変し、青い水着のようなコスチュームだった。


 この変身シーンを最初見たときの感想は「仮面ライダーみたい」だった。

 小学生低学年の頃までは、仮面ライダーを楽しみに見ていた。彼等は変身した後に更に二段階、三段階に変身、パワーアップしていた。


「うん、一理あるね」

 魔法少姫(プリンセス)ファジーを俺に勧めてDVDを貸してくれた大学の同級生でアニメオタクの興梠はしたり顔で頷く。

 イケメンがしたり顔をするのが、少しむかつく。

 これがデブで眼鏡で清潔感の無いテンプレ的な奴だったら、アニメオタクだし、という気分で許せるのだが、イケメンで小ざっぱりとした格好の奴にオタクな話題でこんな顔をされると、なんだか少し、いらっとする。


 もちろん、そんな気持ちを心の中にしまっておくぐらいには俺も大人だ。


「昔の仮面ライダーにもパワーアップの概念はあったけど、それほど大きく外見が変わることはなかったね。ブラックが最初なのかな。仮面ライダー担った後で、外見が全く違う別の仮面ライダーに変身するようになったのは。平成以降は二段階変身が当たり前になったね。更には変身するだけじゃなくて、ライダーの数自体がどんどん増えることになった。一作品に十二人も出てきたりね。これは全ておもちゃの売れ行きを増やすためだよ」

「なるほど」

 見ていた頃は考えもしなかったが、変身を繰り返していれば、確かにフィギュアの数が増えていくことになる。

 子供の頃は単純にかっこいーと思い、新しいライダーが出てくれば親に買ってくれるようねだっていたが、そんなおもちゃメーカーの策謀にまんまとはまっていたということだ。

 幼かったとはいえ、単純な俺!


「男子用で成功したなら、次は女子用変身ヒロインだ。昔は魔法少女と言えば身の回りのちょっとしたアクシデントを解決するのが主な目的だったけど、セーラームーン以降、魔法少女達も戦うのが当たり前になった。闘っていれば当然強い敵が出てきて、そうなると対抗するために新しい武器を手に入れたり、新しいモードへのパワーアップが行われるようになる。でも、女の子ってお人形遊びは好きだけど、フィギュアは買わないんだよねー。変身グッズは買うんだけど」

 なんでお前は幼い女の子達の購買意欲に詳しいんだ!と詰問したくなるのを、ぐっと堪える。

 うかつな質問をするとやばい答えがいっぱい返ってきて、知らなくてもいいことを知ってしまうかもしれない。

「こうして、おもちゃメーカーの陰謀と策略と姦計によって魔法少女は変身を繰り返すことになったのさ。今やおもちゃメーカーがバックについていてもいなくても、変身ヒロイン物の定番になるぐらいにね」

「つまりファジーが特別ではないってことか」

 俺はファジー以外の魔法少女物、というかアニメを観ていない。

「ずばりその通りだね。特に新しい演出ってわけじゃない。もっとも、十三話しかないのに七つも変身モードがあるっていうのは珍しいね。詰め込み過ぎとも言われているけど」

「後六回も変身するのか!」

「あ!まだ三話までしか見てないんだっけ。ごめんごめん。ネタばれになっちゃったね」

「別にいいけど……」

 ぎりっと奥歯をかみ締めながら答えた。


 興梠の話どおり、ファジーは七つのモードに変身し、後半に行くに従ってそれが話の核になっていくのだが、その辺はまた次の機会にしよう。


 アクアパワーモードに変身したファジーは、水の特性を使った攻撃で敵を倒した。

 番組はエンディングへと入っていく。


「ティラリラリン」


 突然背後から声がした。

 俺はゆっくりと振り返った。

 クッションを挟んで背中を壁にもたれさせて座っている彼女、清夏(さやか)がこちらを見ていた。先ほどまで遊んでいた最新携帯ゲーム機は太ももの上に降ろしている。本日プレイしていたのはパズルボブルだ。



「私は新しい魔法を覚えました」



 唐突に宣言される。

 先日魔法少女になったことを告白されたばかりだが、もう新しい魔法を覚えたと言うのか!

 先ほどの音はレベルアップした音と言うことか。ゲームをしているだけでレベルアップをするとは楽な人生だ。

 というか、この遊び続いていたのか!

 意外な展開に返事もせずに考えを巡らせている、清夏は前回同様に右手で拳銃の形を作る。

 新しくないし!

 そもそもそれ魔法じゃないから!

 突っ込みを入れる前に撃たれた。


「ズキューーーーーン」


 また撃った。

 また撃たれた。

 清夏の中では魔法とは銃を撃つイメージなのだろうか?

 ちなみに魔法少姫ファジーでは、ソーラーパワーモードでは銃、ではないけれでもサテライトキャノンを撃つ。


 清夏はこちらをじっと見て、魔法の効果を待っている。


 この間の魔法は「ハグをしろ」という魔法だった。

 擬音も「ドキューーーーーン」だったが今回は「ズキューーーーーン」だ。

 似たような感じだから、内容も似たようなものだろう。となると……


 俺がようやく結論に到達しようとした時、新たな呪文が追加された。


「喉が渇いた」


 いや、呪文でもなんでもないし!

 普通の日本語だから!

 心の中でずっこけながら立ち上がる。

「コーラで良い?」

「氷抜きで」

 冷蔵庫からペットボトルを取り出してグラスに注ぐ。自分用に氷ありも作る。

「ほい」

 手渡しながら思った。

 本当にさっきのは「飲み物を持ってきて」という魔法だったのだろうか?

 実は、魔法は魔法で他にあったのではないだろうか?

 せっかくだし、先ほど思いついた魔法も実行しておこう。

 別に減るもんでもないし。


 すっと腰を落とし、清夏の狭いおでこに軽くキスをした。



「そんな魔法はかけてない」

と殴られた。

 火花が飛ぶぐらいは強く殴られた。

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