彼女が魔法少女になったという件

靖之

第1話 彼女が魔法少女になったと言う件

「エナジーコンバーション、チャージアップ!」

 可愛らしい掛け声と共に、少女が右手に持ったステッキを頭上にかざす。ステッキの先には二枚の葉のレリーフに挟まれて大きな宝石が取り付けられている。その宝石が強い光を放つ。光は無数の葉の形となり、少女の小さく華奢な身体を包み込んでいく。

 少女の衣服が光によって霧散するが、光に包まれているため、肢体は露にはならない。やがて光は多くの葉から、裾の広がったドレスへとその形を変えていく。

 ステッキを両手で持ち、正眼の構えを取る。振りかぶり、力強く振り下ろす。

 光は散り散りに舞い飛び、白い煌びやかなドレスをまとった少女が姿を現す。

 先ほどまでは三白眼の少し人相の悪い顔であったが、きりっとした釣り目の、美しく凛々しい顔立ちに変わっている。頭の天辺で、小さなティアラが煌く。

「プリンセスファジー、フルチャージ」

 名乗りと共に、軽やかでアップテンポだったBGMが、勇壮なものに代わった。

 魔法少女は敵に向かって駆け出していく。


 何度観てもこの変身シーンで胸が熱くなるのを感じる。

 この作品「魔法少姫(プリンセス)ファジー」を猛プッシュで進めてくれたアニメオタクの興梠に言わせれば、変身シーンは他の魔法少女作品と比較してこれといった特徴も無く、凡庸なものらしい。彼に教えられた魔法少女変身シーン集をニコニコ動画で観て知ったのだが、確かに魔法少女物としては一般的な演出らしい。

 しかしそれでもなお、ファジーの変身シーンでは胸が熱くなる。

 俺はアニメファンではないから難しいことも専門的なことも分からない。

 キャラクターデザインと、声と、演出と、衣装と音楽、そのコンビネーションが一番しっくり来るからなのだろうが、明確な理由は分からない。

 とにかく、これまでにもすでに何十回、もしかしたら百回を超える回数、変身シーンを見ているにもかかわらず胸が熱くなるのだから、俺がこれを好きなのは確かなのだろう。


 ちなみに「魔法少姫ファジー」は、俺が暗黒の受験生地獄を味わっていた昨年の秋に深夜に放映されていた。テレビをシャットアウトしていた俺は当然観ていなかったし、そもそもアニメなんか全く観ないので、作品名も知らなかった。

 無事に大学に入学を果たした春、ガイダンスでたまたま隣の席に座った興梠に猛プッシュされて見始めたのがきっかけだった。彼は浪人生だったにもかかわらず、リアルタイムではまりまくっていたらしい。

 もっとも、大学には合格したのだから問題ない。


 受験で鬱積されていたことからの開放感だったのだろうか。

 アニメには、ましてや魔法少女になんか全く興味がなかったのにあっさりとはまった。

 はまりまくった

 興梠に借りたDVDを何度も観た。

 もう大まかな筋は完全に頭に入っているにも関わらず、再放送されるとなると、こうしてテレビの前に座り込んでいる。

 しかも感情を込めて、かなり入り込んでいる。


 興梠によると、深夜アニメが夕方時間に再放送されるのは極めて異例の事態らしい。

 俺にしてみれば、女の子向けであろう魔法少女物が深夜に放映されていたことが、そもそも理解できないのだが。

 こうしてテレビ放送で観ていると、最初の放送の時にリアルタイムで見られなかったのがかなり悔しい気分になる。

 もっとも、リアルタイムで観ていれば受験には確実に失敗しただろうが。


 初めての敵を倒し、番組はエンディングへと入っていく。

 なにか物音がしたような気がして振り返った。

 彼女がこちらを見ていた。


 彼女、とは言ってもフィギュアだとかポスターだとかぬいぐるみたとかではない。

 アニメオタクの間では好きな女子キャラクターのことを「俺の嫁」などと言うらしいが、壁と背中の間にぬいぐるみを挟んで背もたれにし、床にぺたんと座って携帯ゲーム機を持っているのは二次元の存在ではなく、正真正銘三次元の彼女、清夏(さやか)だ。


 清夏は俺が魔法少女アニメを観ていても何も言わない。

 ただ趣味ではないらしく、俺がファジーを観始めると、携帯ゲームを始めることが多い。

 音を消さないのが気になるところではあるが、大音量ではないし、なにも言わないことにしている。

 高画質が売りの最新ゲーム機であるにもかかわらず、ダウンロードコンテンツであるレトロゲームをやっていることが多い。ちなみに今日は、テトリスをやっていた。


「どうしたの?」

 訊ねるが清夏は答えない。

 清夏の頭上には窓がある。窓の外はかなり暗くなっていた。僅かに残る夕陽が、清夏の顔に幻想的な影を落としている。

 電気をつけようと立ち上がりかけた時、清夏が唐突に言った。



「私は魔法少女になりました」



「えっ、なに?」

 思わず聞いたっきり、俺の動きが止まる。

 魔法少女ニナッタトカ、何言ッテンノコイツ?

 それが嘘偽らざる素直な感想だ。

 言わないけど。

 真意が掴めず、かといって電気をつけるタイミングだとも思えない。どうしようかと悩んでいる間に、清夏が次の行動に移った。


 携帯ゲーム機を太ももの上に置くと右手を離す。その手を拳銃の形にして、俺に向かってすっと指し伸ばす。


「ドキューーーーーン」


 撃った。

 撃たれた。

 清夏が撃って、俺が撃たれた。

 魔法少女なのになんで撃つんだ?銃を撃ったら、ガンマンじゃないか!!!

 となると、撃たれたリアクションを見せればよかったのだろうか?

 あっけに取られて固まっているなんて、乗りの悪い奴だと思われてるんじゃないか?

 俺の頭はますます混乱する。

 清夏は拳銃を降ろし、こちらをじっと見ている。影のせいで表情は分かりにくい。


 魔法少女が撃ったんだから、魔法をかけたってことか?つまり俺は撃たれたんじゃなくて、魔法をかけられたのか?

 頭をフル回転させてなんとかそんな結論を導き出すが、その先は全く分からない。


 俺はなんの魔法をかけられたのか?


 さてノーヒントだ。

 全く分からない。

 手がかりも何もない。

 どうすりゃいいんだ。


 考えても答えが出るとは思えないので、すっと近づいていって清夏を抱きしめた。

 清夏はおとなしく抱きしめられた。

 そのまま頭を撫でてやると、「よし」と小さく呟いた。


 どうやら俺はきっちり魔法にかかっていたらしい。

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