第68話 本隊

 最初の斥候二人と様子を見に来た10人は捨て駒だ。

 今度こそ本隊が来るだろう。

 だが今は休息を取ろう。

 俺は休憩室として借りた部屋で一人だらしない顔で呆けていた。


「おうおう、だらしない顔しちゃって」


 父さんが木戸から入ってきた。


「もうすぐ戦闘になるので瞑想してるだけですよ」


 俺は大嘘をつく。

 ただボケッとしてただけだ。


「そうなのか?」


「そうかもー?」


「相変わらずテキトーだな……まあいい、敵がわかった。敵は『氷の牙』傭兵団だ」


 なんだかカッコイイじゃないか。


「我々と比べて格上ですか?」


「傭兵としては二流だ。だが、ひよっこと比べたらどんな連中でも格上だ」


「デスヨネー」


「だが従騎士とお前、それに監視している第零軍が戦力に加わればひっくり返る程度の差だ」


「でしょうね。でも第零軍はギリギリまで出ないでください」


 それが俺の作戦だった。

 今回の俺の死亡フラグは判事どもに殺されることだ。

 それだけだったら、いくらでも回避可能だ。

 俺に逃げ足を舐めるなよ!

 だけどそれだけじゃ不幸な人間が増え続け、真の犯罪者は野放しだ。

 だから俺の最低限の目標は連中を罠に嵌めて一網打尽にすることなのだ。

 そのためには騎士学科の勝利、少なくとも勝利と言える状態にすることが必要なのだ。


「わかった」


「ところで……援軍はいつ到着しますか?」


「あと数時間はかかるだろうな」


 援軍の存在は安全装置であり、タイムリミットだ。

 タイムリミットまでに相手を叩きつぶさなければならない。

 できなければプラン変更だ。


 そう。これは罠だ。

 俺の仕掛けた蜘蛛の巣に敵は嵌まったのだ。


「それにしてもなんでお前はいつも体を張るかな……」


 父さんは呆れたと言いたげな顔をした。


「5年前も体を張ったからこそ、みんなを助けることができたんです」


 ギュンターも


「そうだな」


 父さんが目を細めた。


「俺はお前を誇りに思う」


 そう言って父さんは俺の頭を撫でた。

 さすがにこの年になると少し気恥ずかしい。


「戦いますよ」


 俺は気を入れ直してそう言った。



 俺は街の入り口で敵を待っていた。


「陛下。来ます」


 ソフィアが言った。

 俺は剣を抜いた。

 城から内緒で持ってきた王の剣だ。

 元々短い刀身をさらに短くして軽くしたものだ。

 俺は片手で扱える剣が一番得意なのだ。

 俺は手首を回して剣をクルクルと回す。

 よし、手首はほぐれてる。


「剣で遊ぶなって言われませんでしたか?」


 俺のストレッチを見てソフィアが嫌な顔をした。

 騎士の剣を習得したソフィアは不満顔だ。

 残念ながら今の俺は騎士の剣じゃない。

 ハイランダーの剣だ。

 ハイランダーにとっては剣は生活の一部だ。

 騎士のように剣を特別なものと思ってない。

 ゆえに危険でさえなければ遊ぶななんて言われない。

 これはただの文化の違いだ。


「動けなくなるよりいいだろ?」


「我慢しましょう」


 じゃれ合いが終わると馬がやって来た。

 予想通りいきなりは襲ってはこない。

 敵は約30騎。

 その中の一騎がゆっくり俺たちに近づいてきた。

 いかつい大男だ。

 男は馬止めの前で降りると俺の顔を見た。

 ガンをつけている訳ではない。

 ただ俺を見ていた。


「アンタ、聞いてたより厄介な顔してるな」


「どういう意味だ?」


「ふん。お前さんは楽な獲物じゃねえって意味だ」


 俺は兜を脱いでいたのだが、俺が誰だがわからないらしい。

 まあ俺の知名度などそんなもんだ。


「だったら大人しく投降しろ。そしたらケツを蹴飛ばすだけ許してやる」


「悪いな。お前さんを殺せば子分が釈放されるんだわ」


 なるほどな。

 判事が傭兵に伝手があるってのが小さな疑問だったがこれで解決した。

 釈放と引き替えに仕事を頼んだのか。


「子分の釈放なら俺が口を利いてやってもいいぞ」


 なんたって俺は王様だからな。

 司法取引位しても怒られないだろ?


「ダメだ。お前さんは俺と同じニオイがする。それにアンタじゃ勝てねえ相手だ」


 おーお、間違った相手に義理を通しちゃって。

 不器用な男だな。


「わかった。それじゃ条件を呑め。俺たちに負けたらお前らは一生俺の子分だ」


「がははははは! こりゃいいぜ! お坊ちゃん、まだ生きて帰れると思っていやがるのか」


「がははははは! もちろんだ。俺は負けない」


 俺はケルベロスの彫金が施された兜を着用する。


「なぜなら俺は負けられないからな!」


「いいねえ。アンタ男だぜ!」


 傭兵の親玉が剣を抜いた。

 兜の隙間を心地よい風が通った。

 俺は深呼吸をする。


「馬を降りてかかれ!」


 両サイドから歩兵が侵入してくる。

 俺たちは従騎士までいれると相手と同じ30人。

 少しピンチかも知れない。

 そでも俺は細かい指示はしない。

 各班は従騎士引率の先生が作戦を提示するはずだからだ。


「俺もなめられたもんだな! おい、あのガキを殺したらズラかるぞ!」


 よし、ターゲッティング終了。

 あとは引きつけながら逃げ回るだけだぜ。

 俺は馬止めの隙間を通ってくる傭兵たちに懐かしいアレを投げつけた。

 灰に砂利、そこに細かくした香辛料を詰め込んだハイランダー印の目つぶしだ。


「ぎゃあああああああ!」


 だろうな。

 俺は目もくれずに逃げる。


「クソッ! なんだあの野郎、傭兵じゃねえか!」


 傭兵の親分の声が聞こえた。

 あながち間違ってはいない。


「ダズ! ソフィア! あとは頼んだ! 各自自由に戦え!」


「御意!」


 必死の思いで馬止めから逃げてきた傭兵の前にソフィアが立ちはだかる。


「お、女?」


「女だと思って舐めていると、死にますよ?」


 神がかり的な連撃が傭兵を襲う。

 はっきり言おう。

 ソフィアは化け物だ。

 俺とは人間の根本的な出来が違う。

 天才というやつだ。

 女性だから大剣をぶんぶん振り回すってのは難しい。

 でもレイピアや片手剣を持たせたら、生来の体の柔らかから繰り出すその攻撃は縦横無尽、雷鳴の如き速さだ。

 今回の兵士も同じだ、あっと言う間に全身を切り刻まれる。

 もちろん死んではいない。

 ソフィアは自分が非力なのを知っているのだ。

 その代わりに……


「ではさようなら」


 ソフィアはそう言うと敵へ飛び込み、相手の足下へ侵入する。

 次の瞬間、傭兵のヒザに剣が深々と突き刺さっていた。

 飛び込み突きでヒザをピンポイントで狙ったのだ。

 それをソフィアは顔色も変えずに引き抜く。


「ぎゃあああああああッ!」


 ヒザは傭兵にとって壊してはならない箇所だ。

 つまりソフィアの犠牲者は傭兵廃業が決定したってことだ。

 ソフィアは一人倒すと踵を返して俺を追った。

 あくまでソフィアは俺の護衛なのだ。

 一方、ダズたちは泥臭い。

 明らかに装備で勝っているダズたちは暴走族取り締まりをする県警のように盾で傭兵を殴りつける。

 馬止めを見て馬から下りた時点でお前らは俺の罠にかかっているのだよ!!!

 同時にダズたちは馬止めで狭くなった道でなるべく多対一になるように上手に戦う。

 弓兵も中には入れず困っているはずだ。


「クソ! あの傭兵のガキが命令を出してるのか!」


 傭兵の親分が悔しそうな声を出した。

 違うよー。


「あのガキ捕まえろ! さっさと終わらすぞ!」


 ははは捕まえてごらん。

 俺はスキップしながら逃げ回った。

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