第62話 対決

 俺は布の中から大きなものを出した。

 それはケルベロスの彫金が施された鉄の盾だった。

 俺は盾を腕にはめ、エドワードの方を向いた。


「よう。待たせたな」


 俺はエドワードへゆっくり近づいていく。

 相手は猛獣と同じだ。

 刺激しない方がいい。

 俺はエドワードを注意深く観察した。

 隠者風のフード姿だ。

 だが俺はその姿に違和感を感じていた。

 いや俺が違和感を感じていたのは一点だった。

 エドワードの持っている弓だ。

 美しい彫刻が施された豪華なものだ。

 俺はそいつに感じた違和感を考えていた。

 これまでの犯行とは弓が違う。

 なぜ本気の弓を持ち込んだのだろう?

 いやどうやって持ち込んだんだ。

 考えられるのは組み立て式だ。

 まさか世界にあったとはな……

 内心焦りながらも俺は悠然とエドワードへ歩いて行く。

 ゆっくりなのは理由がある。

 第二軍の騎士たちが学生を避難させていた。

 なあに無関係の学生たちには危険は及ばない。

 あくまでエドワードのターゲットは俺だ。

 なあに父さんやソフィアもいる。

 俺は安全だ。

 ……安全だよね?

 大丈夫か。この盾。

 俺は不安を表に出さず王者然として言った。


「犯人はお前だ。罠を罠と知っていて飛び込んだことは褒めてやろう」


 ああそうだ。

 これは見え透いた罠だ。

 だがエドワードは出てこざるをえなかった。

 俺がそう仕向けたのだ。

 おそらくエドワードはマーガレットのことを知っている。

 知り合いという意味じゃない。

 事件を調べたのだ。

 犯人は秩序型。

 つまり犯行計画を練るタイプだ。

 しかもターゲットは汚職判事だ。

 本人が被害者かどうかは終ぞわからなかったが、こいつは悪を倒すことに固執している。

 犯人は悪を裁く自分に酔っているのだ。

 だから俺は無実のマーガレットを尋問した。

 悪を装ったのだ。

 出てこなかったらマーガレットに謝って終わりだ。

 フィーナに理詰めで怒られるだろうがそれは甘んじて受けようと覚悟した。

 こいつは俺の仕掛けた罠だ。

 だが正義の味方は罠わかっていても来るだろうと予測してたのだ。

 エドワードはそんな俺を笑う。


「俺がハイランダーに教えを受けたことは知っているだろう。ハイランダーは勝機もなく闘いを挑むことはありえない」


「知ってる」


 そんなことはハイランダーである俺が一番知っている。

 だが少し間違っている。

 『勝機もなく闘いを挑むことはありえない』これは違う。

 正確には『意地だけで負ける闘いを挑んだけど勝っちゃった』だ。

 俺も含めてハイランダーの負けず嫌いは凄まじい。

 その気性は勝てない喧嘩でもひっくり返しかねないのだ。

 だから俺は負けない。

 そしてここで悪いクセが出た。

 エドワードがハイランダーなんて言うからだ。

 俺は盾を構えると大きな声で宣言した。


「これは決闘だ! 手出しはまかりならん!!!」


 言ってしまった。

 父さんはヤレヤレと顔を押さえ、ソフィアは期待に目を輝かせた。

 俺はと言うと……死ぬほど後悔していた。

 なんて俺はバカなんだ!

 この発言はシナリオにはない。

 完全にノープランだ。


「余を倒し自身の正しさを証明して見せよ」


 あー!

 俺ちゃんのバカ!

 なに口走ってるのよー!

 5年前のあの日から頑張らないって決めたはずなのに!


「卑怯と腐敗の王よ。……ここで果てろ」


 エドワードが弓を引き、離した。

 速い!

 俺は盾の後ろへ身を隠していた。

 矢が盾に飛び込んでくる。


 どごんッ!


 俺は一瞬バランスを崩し、衝撃が俺の体を貫いた。

 ビリビリと全身が震え俺はそれを気合で押さえ込む。


 いってええええええ!


 オイコラ聞いてねえ。

 ちょっと待てー!!!

 かんッじゃないのかよ!

 いまどごんッってもの凄く重い音がしたぞ!

 矢のインパクトの瞬間に胃がおえってなったぞ!

 俺はおそるおそる盾を確認する。

 矢が突き刺さっている。

 俺は至近距離からの矢の威力の計算を間違っていたのだ。


「情けない! 盾を持ってくれば勝てるとでも思ったか!」


 がっつり思ってました。


「陛下! 明らかに不利な状態から勝つ自信がおありなのですね!」


 ソフィアが目を輝かせた。

 ないです。

 完全にノープランです。

 こうなったらごり押ししかない。

 腕力でねじ伏せるのだ。

 俺は盾を構える。

 コツは踵で走ることだ。

 いまの俺なら高校ラグビーでレギュラーになれるはずだ。

 エドワードが弓を引いた。

 どごんッ!

 またもや俺は衝撃に盾を持って行かれそうになる。

 強い!

 でも俺は負けねえ。

 俺もハイランダーなのだ。


「うおおおおおおおおおおッ!」


 俺は走った。

 鎧を着たまま盾を持ったまま全力疾走をした。

 俺のプランはごく単純、当たり前のものだった。

 接近戦に持ち込む。

 それだけだ。

 あとは野となれ山となれ。


「バカが!」


 もう一撃。

 矢が飛んでくる。

 盾で受けなければ!

 でもここで立ち止まったら、また間合いを空けられてしまう!


「おりゃあああああああああ!」


 それは完全に反射だった。

 俺は盾で飛んできた矢を殴りつけた。

 パリングだ。

 おれは本来、こんなムチャクチャなことをする人間ではない。

 でもその時は完全に頭に血が上っていたのだ。


「な、なに!」


 エドワードが驚きの声を上げた。

 俺の方がびっくりしたわ!

 でもこれはチャンスだ。俺は全力でエドワードに肉薄する。

 俺の持ち味は技でも筋力でもない。

 壁昇りボルタリングで鍛えた全身のバランス感覚と脚力なのだ。

 俺は盾を振りかぶる。

 エドワードの驚いた顔が見えた。


「オラァッ!!!」


 俺はエドワードに盾をぶちかました。

 いまの俺は鎧と盾で15キロは体重が増えている。

 クルーザー級には及ばないがライトヘビー級のぶちかましを受けたようなものだ。

 エドワードが吹っ飛ばされ地面に転がった。

 わっと兵たちが歓声を上げた。


「悪いな……俺も勝機のない戦いはしねえんだよ」


 俺は平然と嘘をついた。

 こういうのも駆け引きなのだ。


「まだだ。まだだ」


 寝ていたはずのエドワードがゆらりと起き上がる。

 拘束するだけの隙はなかった。

 エドワードは背中に手を回しなにかを取り出した。

 片手に握った斧。それは手製の斧だった。


「俺は終わらない」


 俺は馬鹿力で殴ったせいで少し変形した盾を投げ捨て剣を抜く。

 刃引きの練習用の剣だ。

 走ったせいで顔が熱い。

 息が切れる。


「だろうな。でも俺も殺されてやる気はねえ」


 俺はそう言うと息を吐いた。

 肺の空気をムリヤリ排出する。

 そして深呼吸した。

 いち、にい、さん……肺が酸素を取り込むまで数を数えた。

 ふう、ふう、ふううううううう。

 そして三回に分け息を吐く。

 息は整った。……完全ではないが。

 俺は剣を中段構えに構える。


「さあ、息は整った。かかってこい」


 俺がそう言ったのと同時にエドワードが斧で斬りかかってきた。

 俺は斧に剣をぶつける。

 勢いは強くお互いの攻撃が弾かれた。

 俺は頭上で剣を回し、振り下ろす。

 刃引きといえども肩口に決まれば鎖骨を潰して戦闘不能にできるだろう。

 エドワードが体を入れ替え俺の剣を避けた。

 剣が地面に突き刺さる。

 そのままエドワードは斧で俺の首を狙う。

 だが俺はそれを待っていた。

 俺は拳で斧を振るう手を殴りつけた。

 斧を持っていたエドワードの手が弾かれる。

 俺は剣を持っていた手を離す。

 そして拳を握った。

 そして剣を振り下ろしたせいで屈んだ姿勢から、エドワードの脇腹へボディブローを繰り出した。


 エドワードの息が強制的にはき出された。

 そのまま俺はボディブローを放った手をエドワードの脇に差し込み腰の帯をつかむ。

 手斧をはじき飛ばした手でエドワードの胸倉をつかむ。


「寝てろ!!!」


 俺はそのまま体をターンし、エドワードを腰に載せ、容赦なく投げ飛ばした。 それはいわゆる腰投げだった。

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