第63話 生殺与奪の権利

 地面に叩きつけられたエドワードはそのまま動かなくなった。

 盾による突撃チャージを受けて、さらに投げられたのだ。

 普通だったら突撃を受けた時点で倒れているはずだ。

 さらに戦えたこと自体がおかしいのだ。

 これで起き上がられたら手甲であきらめるまで殴りつけしかない。

 鉄板のついたナックルで殴られたら誰だって大怪我をする。

 できれば俺は大怪我させるのを避けたかった。

 どうしても尋問をして事件の全容を語らせたかったのだ。

 俺も大概甘ちゃんだ。

 エドワードに騎士たちが群がり、意識を失っていたエドワードはあっと言う間に拘束された。

 騎士の一人がバケツを持ってきて水をかけようとする。

 起こすつもりだろう。

 俺はそれを制止する。


「エドワードは俺と決闘をした勇者だ。国王である余の名誉にかけて丁重に扱ってくれ。頼む」


 俺は頭を下げた。

 騎士はなぜかもの凄くいい顔をして下がった。

 暑苦しい体育会系理論の予感。

 騎士学科の連中はなぜか俺に対して帯剣での礼をしている。

 やめろよお前ら恥ずかしいだろ!

 俺は地面にゴロゴロと転がって悶絶したい気持ちだ。

 ……わかったよ。

 わかったって!

 俺は拳を天に突き立てた。


「我ら騎士団の勝利だ!!!」


「おー!!!」


 騎士学科の連中は俺を囃し立て、第零軍は威勢の良いマーチを演奏する。

 やはり調子に乗った。

 ……やりすぎだ。

 恥ずかしいだろが。

 顔を真っ赤にしながら俺はコソコソ逃げることにした。

 方向転換しようとしたとき、コツリと何かが足に当った。

 弓だ。

 俺はさりげなく弓を拾う。

 やはり組み立て式だ。

 高価で耐久力が劣るためあえて使おうと思うものはいない。

 おそらく美術品としてあつらえられたものだろう。

 でもなぜ?

 俺との決戦のために持ってきたのだろうか?


 俺は違和感を感じていた。


 やはり尋問が必要だ。

 すべてを洗いざらい話してもらおう。



 と、意気込んだ俺だが、まずは問題があった。


「レオン。今回は私も本気で怒ってます」


 フィーナがむくれている。

 打ち合わせにない決闘をしたことを咎めているのだ。

 そこは自室。

 テーブルの上には紅茶と焼き菓子が乗っている。

 普段だったら楽しく間食してるところなのだ。

 だが、なぜか俺は床で罪人のように正座させられていた。

 裁判官はフィーナ。

 弁護士役であるはずのソフィアは俺の側に立ったまま傍観している。


「ふぃ、ふぃーなさん……あのねこれには深い訳が……」


「へえ。『バカめコイツは罠だ』って言いながら騎士たちに捕縛させるつもりだったんじゃなかったかな?」


 その通りでございます。


「どうしてこうなったのかな?」


「自分でもまったくわかりません」


「どうしてそうやって危険を顧みないの?」


 怪我人を出したくなかったというのもあるが真実はノリだ。

 ノリでやってしまったのだ。


「ただなんとなくそういう気分だったとしか……」


 楯持ったしい大丈夫かなあっと。


「なんでソフィアさんに任せなかったの? ソフィアさんの方が強いんでしょ!」


「いや、まあそうなんだけどさ……」


 女の子に戦わせるのはちょっと嫌なのよ。本能的に。

 俺がどう言い訳しようかと思案しているとなぜかソフィアが口を開いた。


「フィーナ様。それに関しては訂正がございます。陛下は私より弱くなんてありません」


「どういうこと?」


 まったくどういうことだ?

 俺はか弱いんだぞ!

 机の角に足の小指をぶつけただけで戦闘不能になるんだぞ。

 寂しいと死んじゃう生き物なんだぞ!


「剣技に長けているのは私です。でも私と本気で戦ったら勝つのは陛下です」


「どういうこと?」


「陛下は生命力がたいへんお強く、最後の最後まで抵抗する方です。私は有利に闘いを進めるでしょう。ですが最後に生き残るのは陛下です」


 俺はか弱いからそんなことないよ。

 ソフィア相手ならちょっと切ったところで土下座して命乞いするからな。


「そもそも間合いを空けた状態で弓兵と戦うという発想そのものがすでに狂人のものです」


「ちょッおまッ! それはいくらなんでも……」


 俺はソフィアに反論しようとした。

 だがそのときのソフィアの顔。

 それは俺と同じでフィーナに遠慮しまくった顔だったのだ。

 くッ! 助さんは裏切り者だった!


「レオン、あなたはもっといのちを大事にしなさい!」


 うう……

 そんなこと言われてもこれは俺のサガみたいなものでして……


「むー!」


(ソフィアちゃん……たすけ……)


 俺はソフィアにアイコンタクトを送る。


(……無理です)


 ソフィアは俺にアイコンタクト送り返した。

 な、なんだってー!

 この裏切り者め!

 期待してなかったけどな!

 俺はどうしようか迷った。

 迷いまくった。

 そして……


「スイマセンでした」


 素直に謝った。

 男はなんでこうなのだろう。

 普段威張ってはいても結局謝るはめになるのだ。

 権力者だろうがなんだろうが同じだ。

 男女同権パンチなんてもってのほかなのだ。

 ところが救いの神はいるものだ。


「それは違うの」


 どことなくゆるい声がした。

 俺は木戸を見る。

 そこには見知ったやつがいたのだ。


「はろー」


 もう一人のグランドマスターの弟子であるマーガレットだった。

 マーガレットは木戸から器用に入ってくる。

 父さんと侵入経路が同じだ。

 つまり父さんたちはマーガレットの存在を黙認したと言うことだろう。

 それを知ってか知らずかマーガレットは勝手にテーブルの上の焼き菓子を口に入れると言った。


「王様は王としては最高の終わらせ方をした」


「なぜですか?」


 ソフィアは素直に問いかけた。

 フィーナはそこはわかっているのかふくれっ面で黙った。


「あのとき『バカめコイツは罠だ』なんてやったらエドワードの命はなかった。ソフィアちゃんならわかると思う」


「そうですね。王に見せしめとしてその場で殺したと思います」


「それを王様はみんなの見てる前でエドワードを倒すことで話を個人的な喧嘩のレベルにまで矮小化した。これで裁判を受けさせることができる」


「なるほど!」


 ソフィアの目が輝いた。

 現金なやつだ。


「さらに言うと上級貴族の子弟や現場の騎士に王の強さを見せつけ、結束を固めた。今なら狩りに関する先例を盾にすべてを有耶無耶にできる。凡庸な王なら考えついてもやらない。自分の命を掛け金にするのをいとわない、恐ろしい政治的バランス感覚」


 狩りに関する先例とは、獲物を仕留めたものが獲物の権利を主張できるというものだ。

 これは戦争や決闘に関しても同じだ。

 つまりエドワードの生殺与奪の権利は俺にあるのだ。

 別にそこまでは考えてなかったけどな。


「つまりフィーナ様の夫としては論外だけど、王としては満点以上を叩きだした」


 人を生活費をギャンブルにつぎ込むダメ夫みたいに言うのはやめないかな。


「あとは最高法院をどうやって黙らせるかが問題。もちろんエドワードの命と引き替えに譲歩させるという手段も可能。この場合、王様は在位中、法院を意のままに操ることができる」


「やらねえよ」


 俺はつぶやいた。

 たとえ罪人だとしてもエドワードの命をそんなことには使わない。

 騎士たちは俺を見限るだろうし、ハイランダーだってそういう卑怯な真似は許さないだろう。

 なにより俺はそこまで腐ってない。

 そもそも汚職がなければこんな事件は起こらなかったのだ。

 法院の判事どももいくらかの責任を取るべき問題だ。


「そう言うと思った。だとしたらエドワードに口を割らせることが必要」


 そうだ。

 俺は事件の全容を聞き出さなければならないのだ。

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