第61話 罠
俺たちは罠を仕掛ける前に徹底的にリンチ兄妹を調べることにし、その調査報告書が送られてきた。
その場にはフィーナ、父さん、ソフィア、マーガレットやダズ、それに俺の行動にがっかりするかもしれない騎士学科の全員を呼んでいた。
俺は騎士学科の学生たちが見守る中、静かに言った。
「諸君、今日は集まってくれて礼を言う。この会合で知ったことは他言してはならぬ。誓ってくれ。まことに勝手な言い分だが誓いを守れないものは抜けてほしい」
「なにを仰います。いつも陛下が仰る台詞で答えましょう。――なに言ってんだよ。俺たち友達だろ。約束は守るぜ。なあ野郎ども!」
ダズが笑った。
これがいつもの俺かよ。
我ながら酷えな。
ダズの言葉が効いたのか他の連中も誰一人として抜けるものはいなかった。
こいつはガキ臭い友情かもしれない。
でも今の俺には必要なものだった。
「わかった。感謝する。俺はいいダチを持って幸せだ」
俺はいつもの俺に戻った。
「ここに今回の事件の資料がある」
俺は事件のファイルを顔の前で振った。
「事故ではなく事件ですか?」
ダズがわざと質問した。
ダズはもうこれが事件だって知っている。
これは他の学生たちに聞かせるための質問だ。
「そうだ。今ここで宣言する。これは事件だ。モーリス・ケネスは何者かの襲撃を受けた」
騎士学科の学生たちがざわついた。
その可能性は提示したが、公式に認められるのとでは緊張感が違う。
「さらにモーリス・ケネス襲撃犯はメイガン最高法院長を襲った」
さらに学生たちはざわつく。
一大事だからな。
「さらに言おう。いま俺は安全面での問題から議会に学園の一時閉鎖を強く提案されている」
「ちょッ! 陛下! まだ学園の女の子全員に声をかけてない! 男子全員と友達にもなっていないのに!」
ダズ……台無しだ。
お前がいいやつなのは感謝してるが。
「せっかくカレンちゃんに告白してOKもらったのに……」
「俺はまだ告白するしてねえ!」
「まだ食堂のメニュー全部食べてないのに……」
他の連中も次々と不満を口にする。
「食堂って言えば、まだ陛下に料理作らせてない!」
なんだそれ……
「そうだそうだ! 学食より美味しいって評判ですよ!」
「そうですよ! 次の罰ゲームで軍隊風スープを作らせようと思ったのに!」
「ちょッ! 誰だそんな噂を流したのは!」
俺の手料理を食べたのは誰だ……って父さん、フィーナ、それにソフィアを除くと一人しかいない。
「わたし」
マーガレットが手をあげた。
貴様かああああああああ!
仲良しなの?
もう騎士学科の連中と仲良しなの?
俺は騎士学科の連中のコミュニケーション能力の高さにくらくらした。
おどりゃあああああああ!
「それだけみんなに好かれてるんですよ。どうどう」
怒る俺の肩をフィーナが叩いた。
野獣扱いはやめてください。
「こほん、俺の料理は置いといてだ。実はある学生を疑っている」
俺は資料を開く。
そこにはエドワード・リンチの経歴が書かれていた。
エドワード・リンチ男爵。
父親の死亡により家督を継ぐ。
一見するとあやしいところはない。
完璧な資料だ。
先代も王城で行政官として可もなく不可もなく勤め上げた人物だし、本人の素行も問題ない。
すべてが本当だったらな。
「リンチ男爵について説明をする。まずはリンチ男爵に直接会ったことのあるやるはいるか?」
全員が「なに言ってるの? この人」と言う顔をした。
それが答えだ。
「誰もいないだろ」
「まさか……偽貴族ですか……そんな……まさか……」
「違う。リンチは存在する。だが誰も見てない」
俺はへへんと笑った。
ダズたちはどういう反応をしていいかわからないという顔をしていた。
「ど、どういうからくりですか?」
「おうよ。リンチ家は貴族株の売買のために存在することになってる幽霊だ」
この世界で庶民が貴族になるルートはいくつかある。
武功をあげること。
貴族の家来になって主君に領地を分けてもらうこと。
王のお気に入りになること。父さんはこのルートだ。
貴族の娘のところに合法的に婿養子になること。ギュンタールートだ。
そして……貴族株を買うこと。
書類上は残っているが実際には忘れられた家の権利を買えば貴族になることができる。
もちろん公式には認められない行為だが、証明しようがないので放置されている問題だ。
リンチ兄妹はそれを手に入れたのだ。
「俺は貴族株の売買それ自体をとがめる気はない。それだけの金が用意できるんだ。身元ははっきりしてるだろうよ」
「ではリンチ兄妹はいったい……」
「おう、グランドマスターと呼ばれる傭兵の弟子で弓の使い手。しかも森で手に入る材料から弓を作り、最高法院長を襲撃して物証を残さない手練れ……信じられねえだろ?」
「そう……ですね」
当たり前だ。
あの好青年とふんわり妹が傭兵なんて俺ですら未だに信じられない。
「動機は復讐だ」
「私もそう思う」
マーガレットが言った。
「でもこれらは証拠はない。だから諸君らに手伝って欲しい」
「なにをですか!?」
「ああ……罠を仕掛けるぞ。フィーナ手紙を書いて欲しい」
◇
いつになく真剣な顔をした俺とフィーナ、それにソフィアとダズが中庭に設けた席でお茶を飲んでいた。
ただし俺はブレストプレートを着用していた。
いつもの練習用のではない。
俺の二つ名の『狂犬』。
それにあやかって作った三つ首の犬、ケロベロスの彫金が光る儀礼用の鎧だ。
もちろん実戦にも対応している。
遠くから父さんや第零軍の連中も俺たちを護衛している。
ただピリピリとした緊張が場を包んでいた。
俺たちの前にはマーガレットがいる。
地べたに正座をさせて首には鎖のついた首輪をつけられている。
両側には刺股を持った第二軍の筋肉質の騎士が固める。
俺はマーガレットを罪人としてしょっ引いたのだ。
もちろんマーガレットと事前に打ち合わせをして了解を得ている。
「マーガレット。余は残念な気持ちでいっぱいだ」
「陛下……私は無実……」
そうだな。
無実だ。
第二の事件のときは俺と一緒にいた。
完全にシロだ。
だけどこれも打ち合わせ通りだ。
「まだ余の前で偽りを申すか。ならば申し開きをしてみろ」
俺は剣を抜きマーガレットへ剣を突きつける。
ちなみにその場の全員が刃引きの剣だと知っているにもかかわらず、誰もが大変なことが起こったという目をしていた。
「私はやっていない」
知ってる。
「お前は道化だ。父を死に追いやったと判事に逆恨みをして余に闘いを挑んだ道化だ」
「王よ。私はやっていない!」
知ってるってば。
もう少し我慢してくれ。
「矮小な羽虫よ。強者に逆らうことの罪深さを思い知るがいい」
俺はあくまで高圧的に言った。
あくまでこれも演出なのだ。
そろそろ来るはずだ。
俺はそれを待った。
そしてしばしの間を置いて中庭に声が響いた。
「ま、待て! それは間違いだ!」
それは絞り出すような悲鳴にも似た声だった。
だろうな。
わざと間違えた。
お前はここに現れると信じていた。
「エドワード。待ってたぞ」
俺は手をあげた。
エドワードは弓を持っていた。
そうだ。
お前は出てこざるをえなかった。
出てこなかったらお前の中の正義が歪むからな。
第零軍と第二軍、それに騎士学科の学生がエドワードを取り囲む。
「お前が犯人だ」
俺がそう言ってエドワードへ指をさす。
次の瞬間、マーガレットの拘束がひとりでに解けた。
いや最初から拘束などしてなかったのだ。
マーガレットが剣を抜いた。
「なぜ……モーリスを狙ったの?」
フィーナはそそくさと兵士の後ろへ避難し、ソフィアも剣を抜いた。
そして俺はトコトコとテーブルの方へ歩く。
エドワードへ無防備な背中を晒した俺はテーブルの隅に置いてあった布の包みに手をかけた。
秘密兵器だ。
「モーリス。すべて洗いざらい話してもらうぞ」
俺は布を解いた。
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