第36話 狂犬

 んが。

 おっと、よだれが垂れていた。

 俺の目が覚めたようだ。

 俺は元気に起きようとする。


 ぎゃぶ!!!


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 いーたーいー!!!

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!

 なにがあった!

 俺になにがあった!!!


 あかん!

 まじでダメだ!!!

 死にそうなくらい痛い!


「あ、殿下。起きました?」


 フィーナの声がする。


「い、痛てえ! 痛い!!!」


「ダメですよ! 骨が折れてるんですから!」


「にゃー!!!」


 死ぬほど痛いと思ったら骨が折れていたのか。

 やばい。手が震えてる。骨が折れたかもと思うだけできゅっとする。

 どこがきゅっとするんだって? それは秘密だ。


「殿下ぁ。ほら、暴れちゃダメですよー」


 もはや暴れる元気などない。

 そういや顔面も腫れている。

 熱もあるなこりゃ。


「フィーナ……騒ぎはどうなりました?」


「あー! 偽ギュンター将軍の話ですね。殿下が足に噛みついて怯んだところを捕まりましたよ。みんな褒めてますよ。狂犬レオンだって」


 子犬とか龍の子とか狂犬レオンとか好き放題言いやがって!

 俺は喧嘩とかそういうの苦手なの!

 そういうのは全部人任せにしたいの!

 まったく……


「宮廷道化師のゲイルは?」


「ああ、殿下を守って剣で尻を刺されたって評判の! 今治療してるって言ってましたよ」


 父さんは生きてる。

 よかった……。


「ローズ伯爵のところの騎士さんは? 俺の護衛をしていた……」


「ああ、殿下より酷い怪我だったらしくて治療しているみたいですよ」


 やっぱり手加減されていたか……

 俺の予想は当っていた。

 つまりだ。

 今までの暗殺事件の黒幕は王、つまり親父なのだ。

 ギュンターは王の命を受けて噂を流布し、俺を囮にして暗殺者を引きつけた。

 それで俺を殺そうと本気で考えた連中とランスロット、それにシェリルをまとめて始末しようとしたのだ。

 そんなの俺は望んでいないし積極的に王になろうという意思があるわけでもない。

 この迷惑なだけの贈り物で俺が喜ぶと王は本気で思っていたのだ。

 どこまでも悲しい男だ。

 俺は家族が生きている方が嬉しいのに。

 まあいいさ。

 これから俺はランスロットに王の座を譲り楽隠居するさ。

 ローズ伯爵だけは空の手形切っちゃったからフィーナを返してやらないとな……ってローズ伯爵!


「ローズ伯爵は? 大怪我してただろ? フィーナは行かなくていいの?」


「あのくらい大丈夫ですよー。お父様は弓で射られながら20人もの夜盗を素手で倒しましたし」


「きみの故郷はなんでそんなに治安が悪いのかね?」


 ローズ伯爵無敵すぎるだろ!


「国境沿いなんで隣の国が犯罪者に偽装した兵士を送り込んでくるんです」


 しかも正規兵!

 ローズ伯爵は世紀末覇者に違いない。


「それにさっき部屋に行ったら元気にスクワットしてましたので元気だと思いますよー」


 えー!!!

 俺ちゃん骨折れただけで動けないよ。

 なんで動けるの?

 パパりん人類なの?

 ねえ人類なの?

 俺はツッコミが止まらない。


「それにパパりん……じゃなくて、お父様はこれから殿下を支えねばって言ってましたし。お父様も褒めてましたよ。殿下は素晴らしい戦士だって」


「返り討ちでボコボコだけどね……」


「護身術を習い始めてまだ数日ですよね? しかたないですよ」


 ああ。チートが欲しい。

 他の転生者ならギュンターなど指先一つで倒しただろうに。


「お母様は? ランスロットは?」


 お母様とはシェリルのことだ。

 怪我はしてないはずだが心配だ。


「二人ともご無事ですよ。でも産後まだ日が浅いので療養されてます」


「よかったー!!!」


 俺は安心してため息をついた。

 うん。よかったよかった。

 二人が無事ならこのくらいの怪我は我慢しよう。


「殿下はお母様が大好きなんですね」


 直でマザコン野郎って言うのはやめてください。

 心が折れます。


「もう、変な顔しないの。褒めてるんですから」


「なんだか乳離れができてないって言われたような気がして気恥ずかしくて……」


「理由もなく親を嫌うよりはいいじゃないですか」


「あ、ありがとう」


 恥ずかしい!


「あ、メリル様は?」


 フィーナの前で母さんとは言えない。

 悲しい。


「先ほどまでいらしてましたよ。殿下につきっきりで看病されてました」


 意識がなかったのが残念だ。


「そう。あとで直接会わないといけないな」


「元気になったら訪問のご予定を入れますね」


「ありがとう」


 フィーナって気が利くよな。


 俺は起きるのをあきらめた。


「ふふふ」


 フィーナが笑った。

 なんだろうか?


「なに?」


「最近の殿下は好きかも」


「告白?」


「違いますよ」


 相変わらず容赦なくバッサリ斬るね。

 ハートがフルぼっこよ。

 地味に効いてるからな!


「前の殿下は実力はあるのにわざと力を出さない感じで、この人嫌な人だなあって思ってたんです」


 追い打ちですね。よくわかります。


「でも最近の殿下はすごく努力されてて、この人いいなあって思うようになりました。私も頑張らなきゃ!」


 ……俺はそんな風に思われていたのか。


「子犬だって言われてたのも本気を出さないで飼われているだけのバカ王子って意味らしいですよ」


 どうやら俺が大人に都合のいい理想的な子どもを演じてたのは周囲にバレていたようだ。

 それにしてもバカ王子って……否定できない。


「それが狂犬か……どちらにせよ犬じゃねえか」


「いいじゃないですか」


「わんわん!」


「あははははは! もうバカなんだから」


「にゃははははは! っていっでー!!!」


 骨折れてるの忘れてた。

 痛いよー!


「もうバカなんだから」


 へへん。バカですよーだ。


「ほいほい」


 まあなんだ。

 一件落着だ。

 全てなかったことになって俺の評価だけが上がったと。

 その代償としてささやかな怪我を負ったわけだ。

 とは言っても犠牲になったマーサには悪いことをした。

 ハイランダーの生き残りで王の手先として俺の噂を流していたとしても殺されていいはずがない。

 エリック叔父貴はなんらかの償いをしなくてはならない。

 金で済まそうとかセコイこと考えたらぶん殴ってやる。


 うん?

 何かがおかしい。

 俺は違和感に気づいた。

 気づいてしまったのだ。


 なぜマーサは王の手先になったのだろうか?

 ゲイルの手下だと思い込んでいた。

 でもゲイルは否定も肯定もしていない。

 そもそもマーサからしたら王は同胞の仇のはずだ。

 俺を人質に取られていた父さんと母さんが王に従ったのはわかる。

 だけどなんでマーサは王に従っていたんだ?

 父さんか母さんの手下?

 それともギュンターの手先?

 どういうことだ?

 わからない。


 だいたいおかしいじゃないか。

 なんでガキの俺にバカなんて評価がついているんだ?

 10歳じゃまだ王位の選考会前のはずだ。

 評価を下すには早すぎる。

 ガキのころにバカとか犬なんて呼ばれるのはよほどの悪ガキだけだ。

 明らかに仕込まれていたとしか考えられない。


「また難しい顔をしてる。どうなさったんですか?」


「いやね。おかしくね? 子犬とかバカってくだりなんだけど。俺さ、フィーナ以外にはイタズラしてないよね?」


 俺が意地悪をするのは敵とフィーナだけだ。


「フィーナ以外って所に軽い殺意を感じますが確かにおかしいですね。殿下は『おおむね』いい子なのに」


 フィーナ……言葉に軽いジャブが混じってる!

 遠慮がなくなっているよ!

 そう言う態度だとおじさん何かに目覚めちゃうよ。いいの?


「だよね。なんだろう……偶然そうなったんじゃなくて、もっと明確な悪意が見え隠れするんだよね……」


 なんだろう?

 何かがおかしい。


「フィーナ。悪いけどパパりんとメリル様への言づてを騎士に頼んでくれないか?」


「はい。今メモを持って」


「口頭で頼む」


「は、はい。どうぞ」


「まだ終わっていない」


「それだけですか」


「それだけだ。頼むぞ!」


「はい!」


 フィーナが出て行く。

 俺は考えていた。

 ゲイルなのか? 王なのか?


「どう考えても王だろうな……」


 クソ!

 俺は孫悟空と同じだった。

 宇宙人じゃない方のやつ。

 ようやく手の平から抜けたと思ってたのにそこはまだ王の手の平の上だったのだ。

 王はなにを考えてやがる!

 俺をどうしたいんだ?

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