第29話 毒王子
「ふんが!!!」
俺が投げやりになっているとローズ伯爵が椅子を片手でつかみ騎士に投げつけた。
椅子は騎士に命中し騎士が一人昏倒した。
それが開戦のきっかけだった。
恐ろしくなれた動きで、ローズ伯爵の私兵である強面の二人の騎士がレイピアを抜く。
叔父貴の部下を蹴飛ばすと太ももにレイピアを突き刺す。
あっと言う間に騎士二人を無力化した。しかも殺していない。
あまりの手際の良さに俺は愕然とした。明らかに喧嘩慣れしてる。
「ローズ様の領地は山賊が出ますからねえ。練度はかなりのものかと」
緊張感のない声で話しかけられる。
焦って横を向くとゲイルが立っていた。
「ゲイル!」
「すいません。ここに侵入するのに手間取ってしまいまして。ギュンター将軍もすぐに来ます」
「どうやって逃げる?」
「ローズ伯爵が戦っている間に窓から逃げ……」
俺は横目で睨む。
ここで俺がそんなことをしたらローズ伯爵は俺を信用しないだろう。
「ローズ伯爵! 私は貴公を信頼している。故に逃げぬ! なぜなら貴公は必ず勝つからだ!」
訳:ここで逃げたら俺の立場が悪くなるんじゃー!
俺は胸を張った。
実際は膝が高速振動をしていたが誰にも気づかれなかった。
やはり日頃の行いが良いと運が良い。
「で、殿下……」
訳:よしゃーッ! 王子の心ゲットォー!!!
俺たちは薄汚い心を通わせた。
訳の方の会話は若干かみ合っていないような気がするがそれも「味」というやつだろう。
それは飲み屋で意気投合したダメサラリーマンの友情に近いものに違いないのだ。
俺は「とっておき」のカードを出す。
「叔父貴! 第一王子として決闘を申し込む!」
俺は怒鳴った。
今間戦っていたはずの全員がこちらを凝視し、辺りを静寂が包んだ。
「な、なにを言ってるんですか!」
ゲイルが慌てる。
ローズ伯爵は鼻水を垂らした。
エリック叔父まで「こいつなに言ってんの?」という顔をした。
お前ら俺の扱いが酷いぞ!
俺は酷い大人たちを無視して話を続ける。
「そのかわり俺は子どもだからどんな手も使っていいな?」
エリック叔父は俺の方へやってくる。
「ああ、いいだろう。ランスロットの命を助けられるなら私はどんなことでもしよう」
「何度も言うが俺はランスロットを殺す気はない。ランスロットが望むなら王位でもなんでも譲ってやるし、なんでもやってやる……痛いの以外ならな」
痛いのは嫌いだ。
痛いの以外ならなんでもしよう。
「ハイランダーがまるで王のように語りおって!」
雄牛の構えのまま叔父貴が間合いを詰める。
俺は背中に隠したナイフを抜く。
それはカボチャも一刀両断にするペティナイフ。
「……」
うん? ペティナイフ?
……間違えた。
「間違えました。ちょっと待ってね」
俺は包丁を捨てもぞもぞと腰のナイフを抜く。
「ふざけているのか?」
叔父貴があからさまに不機嫌な様子で言った。
「かもね」
俺はナイフを順手で持って構える。
「そんな小さなナイフじゃ勝負にならない。おい、剣を渡せ!」
騎士が俺に剣を放り投げ、足下に落ちた剣がゴンッと重い音を立てた。
「私にそんな重い剣が使えるはずがないじゃない」
俺はにやっと笑った。
思った通りだ。
実はこの一連の行動には意味があるのだ。
包丁を間違えて出した以外は。
あれは完全に間違いだ。
俺は笑顔のままローズ伯爵たちの方を見る。
ただしローズ伯爵たちへは思いっきり邪悪な顔で笑った。
ローズ伯爵もゲイルも俺の顔を見て何かに気づいたようだ。
「では死ね」
叔父貴は雄牛の構えから、自らの腕へ潜り込む。
上段斬りだ。
俺は勝てる自信があった。
俺はナイフを投げつける。
叔父貴は途中で振るのをやめナイフを避ける。
その動きは予想していた。
そして俺は懐から金魚ちゃんを取り出す。
うけけけけけけ!
まずゲイルが必死な形相で逃げた。
ローズ伯爵とその部下も危機を察知して一目散に逃げた。
だが第三軍の連中はぽかんとした顔をしていた。
俺は大きく息を吸い、金魚ちゃんを吹いた。
灰に混ざった唐辛子などの目つぶしが辺り一面にばらまかれる。
第三軍の騎士たちは一斉にむせる。
催涙スプレーをばらまいたのと同じだ。
そして第二波が来る。
灰に混ぜた各種毒物を騎士たちは灰や唐辛子と一緒に吸い込んでいたのだ。
激しくむせながら騎士たちは体が痺れ徐々に意識を失っていく。
涙を流しながら全員が白目を剥いた。
なぜローズ伯爵は逃げられて第三軍は逃げられなかったのか?
それには理由がある。
はっきり断言しよう。
この連中は喧嘩をしたことがない。
実戦経験が皆無なのだ。
そもそもライリーの顔にヒントがあった。
ライリーはまぶたに切り傷があった。
だが鼻が曲がった形跡はない。
歯の欠損もなかった。
拳闘で拳や肘が当って鼻が曲がったり、歯が抜ける事故は結構多いのだ。
ディフェンスの技術が前世よりも稚拙だからな。
肘で殴られたりすると顔の骨折もできることがある。
おそらく第三軍ではフカフカのグローブを用いて殴り合いをしているのだろう。
まぶたの傷も擦り傷に違いない。
次に俺はエリックの構えを見た。
あの雄牛の構えだ。
顔の横から相手に切っ先を向ける非常にカッコイイ構えだ。
確かに騎士の教本では雄牛の構えからの返し技が多い。
だがこれは一対一の戦いなのだ。
中段の構えが一番有利なはずだ。
わざわざ雄牛の構えをする必要はない。
つまり型稽古中心だ。
さらに俺はエリックに罠を仕掛けた。
わざとナイフを出したのだ。
するとエリックは子どもへ2キロ超の剣を放り投げた。
俺が使えるとでも思っているのだろうか。
重量は実戦では重要なファクターだ。
それを理解していないのだ。
そう、この連中は素人だ。
思えば当たり前だ。
王弟に悪影響を与える連中を第三軍に入れるはずがない。
悪ぶっているライリーもいい所のお坊ちゃんだろう。
それに対して喧嘩慣れしているローズ伯爵は俺がなにをやるかを予想していた。
少なくともとんでもない手に出ることは予想していた。
俺を非力なガキだとは思っていても決して侮ってはいないのだ。
俺は胸を張る。
すると襟をつかまれ引き戻される。
俺をつかんだのはゲイルだった。
ゲイルは問答無用で俺の口にハンカチを当てる。
「げみゅ! (なにすんじゃい!)」
「吸わないでください!」
そうか俺も吸ったらヤバいもんな。
俺は叔父貴を見る。
叔父貴も倒れている。
いや限界だったのだ。
短期間であそこまで痩せるなんて、重篤な病のはずだ。
……いや毒だろう。
ともあれ俺の完全勝利だった。
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