第30話 行進

 ローズ伯爵たちが窓を開け、俺はゲイルに捕まっていた。

 お説教タイムだ。


「殿下。なぜ俺が怒っているかわかりますか?」


「ええっと、明らかに無謀な戦いに挑んだから?」


「そうです! 大人に勝てるわけがないでしょうが!」


「でも実際勝てましたし、勝てると思ってたんです。気位の高い叔父貴が子どもに使えない重量の剣を寄こしました。普通だったら卑怯のそしりを受けますが、彼らは悪いことだとは思ってなかった。つまり彼らは武器の重量を理解していない素人集団だと判断しました。弱っている叔父貴には毒入り目つぶしで楽に勝てると判断しました」


「言うことはそれだけですか……」


「……ライリーの拳の拳ダコも中途半端だし、鼻も曲がってないし、顔に骨折の後はないし、指は多少曲がっているけど実戦で使ったらもっと派手に曲がってるはずです。故に彼らは試合しかしたことはなく、卑怯な手に弱い……」


「違う!」


「はう!」


 ゲイルは完全に怒っていた。

 明らかにいつもと様子が違う。


「殿下はなぜ御身を大事にしないんですか!」


「でもね一対一に持ち込まなかったら関係ない連中まで怪我したでしょ!」


「それで傷つく人もいるんです!」


 ……そりゃそうだけどさ。

 でもしかたないだろ?

 俺はそういう人間なんだからさ。


「殿下が怪我したらお母様は胸が張り裂けそうになるんですよ!」


 親のことを言うのは卑怯だ。

 だってしかたないだろ?

 俺がここで事態を収めれば誰も怪我しないんだ。

 俺だって痛いのは嫌いだ。

 でもここで俺が動いたからこその結果なのだ。

 俺は運が良かった。

 だけど自分で動いたからこそつかんだ幸運なのだ。


「……私は悪いことをしたと思います」


「そうですね。反省なさってください」


「ですが次も同じことをします」


 ゲイルが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 確かに俺は悪い。

 だけど俺は筋が通らないのは嫌いなのだ。

 俺たちは睨み合った。

 そこにローズ伯爵がズカズカとやってくるのが見えた。

 ローズ伯爵は俺の肩をつかむ。


「殿下! うちのフィーナが悲しむだろが!!!」


 次の瞬間『どごん!』という音がした。

 俺の目に火花が散った。

 俺の顔になにかがぶち当たったのだ。

 脚がよろける。

 俺の顔に当ったものそれはビンタだった。

 右フックかと思うくらいの衝撃だ。

 これでも相当手加減しているに違いない。


「はいこれで終わり! 殿下逃げますよ!」


 俺は尻餅をついた。

 尻餅をついた俺に満面の笑みでローズ伯爵が手を差し出す。

 やっぱ俺はローズ伯爵大好きだわ。

 俺は考えすぎるからな。

 こういう竹を割ったような大人になりたいものだ。


「ありがとうローズ伯爵」


「いえ、ここで揉めては時間ばかりかかってしまいますからな」


「ゲイル! 叔父貴を運ぶぞ。治療を頼む」


「え? いや殿下の命を狙った大罪人……」


「俺の切り札だ。わかるな?」


「御意」


「ローズ伯爵は先導……」


 その時だった。

 がらっというドアを開ける音がした。

 その主はローズ伯爵の私兵に両腕をつかまれたライリーだった。


「俺は絶対に吐かないぞ! エリック様は俺が守る……ってこれなに……」


 犠牲者みーつけたー。

 俺は毒をばらまくよりもえげつない顔で笑った。

 これで安全にここを出られる。


「ローズ伯爵。そこの兜取って」


「殿下なにをするんですか?」


「いいからいいから」


 俺は兜を被る。

 そしてその辺にあった第三軍の軍旗を引っこ抜く。


「ライリー! エリック叔父を助けますよ!」


「え? え? え?」


「ローズ伯爵とゲイルも後ろについてきて!」


 俺はそう言うと脱出することにした。

 でもエリック叔父を連れて脱出するのは難しい。

 俺はマークされててもしかすると抹殺命令すら出ているかもしれないし、エリック叔父を運ぶのは目立つのだ。

 だが俺には完全な脱出計画があった。

 脱出というのはそれほど難しいものではない。

 それっぽいところにそれらしい人物がいれば誰も不思議に思わない。

 特に毒で俺を殺そうという連中が昏倒しているときは。



 ぶかぶかの兜。

 ぶかぶかの鎧。

 後から腫れ上がってきた顔。

 じんじんとした痛みをこらえつつ俺は旗を振りながら堂々と廊下を進んでいた。

 どこから見ても俺は見習い騎士だった。


「おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー! きしだーん! きしだーん! だいさーんきーしだーん!!!」


 やたら男を連呼する第三軍の歌を歌いながら俺は歩く。

 もともと第三軍は第三騎士団からの格上げなのだ。

 今だったら理解できる。

 叔父貴は今まで第三軍で飼い殺しにされていたのだ。

 決して実戦に出ない軍。それが第三軍なのだ。

 ただエリック叔父の権威のためにその強さは誇張されていた。

 なにが最強だ。

 俺がエリック叔父でも国王を殺したいと思うし、歯が立たなかったら俺を殺したいとも思うはずだ。

 無駄な歌、無駄な訓練、無駄な存在。

 ライリーたちは俺を教えるつもりがなかったわけじゃない。

 教え方を知らなかったのだ。


「おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー!」


 でもそんな無駄な訓練は俺が生き残るのに役に立っている。

 顔面を腫らした今の俺はどう見てもローズ伯爵に無礼に及び、懲罰として殴られて泣きながら行進をさせられている少年兵の図だ。

 クソガキがちゃんと反省したかをライリーとローズ伯爵が見守るという完璧なシナリオである。

 一応、長ったらしい髪を後ろで結わえて兜の中に隠している。

 服も喧嘩のために狩猟用の服を着てきた。

 そこにぶかぶかの鎧兜を着用すれば見習い騎士の完成なのだ。


「おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー!」


 俺は歌いながら進む。

 途中警備をしている第三軍の兵士が「あー昔、俺もやったわー」という顔をしていた。

 さらに近づいて俺の腫れた顔面とライリーの姿を見て「あーあ、やらかしたなこいつ。かわいそうに」という顔をした。


「がんばれよー!」


 なので応援までされた。


「ありがとうございます!!! おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー!」


 俺は腹から出した大きな声で返事した。

 兵士は「なんだ良い子じゃないか」という顔をしている。

 兵士はライリーとローズ伯爵の方を見て「子どもを虐めるなんて酷え連中だな」という顔をした。

 くくく。騙されてる騙されてる。

 ちなみに叔父貴はズタ袋に入れて運んでいる。

 これで暴行に傷害に誘拐まで手を染めた。

 もう俺の中の現代人のモラルはどこに行ってしまったのだ!


「……殿下」


 ローズ伯爵が小声で俺に話しかける。


「私とそこの騎士が一方的に悪者になっているようですが……」


「あきらめろ。おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー!」


 俺は大声を出してごまかした。

 ごめんねローズ伯爵パパりん

 ちょっとだけ耐えて。


「おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー!」


 もうヤケだ。

 俺はさらに大声を出す。

 歌いながら行進していると入り口に辿り着く。

 入り口には入ってきたときと同じように騎士が固めている。

 こいつらは俺の顔を知っている。

 気づかれたら終わりだ。


「騎士様! メルビン候補生が! ライリー卿のご指導の下! ローズ伯爵を! お送りしてきます!」


 野球部の補欠の気分で俺は怒鳴る。

 ちなみに名前は今考えた。

 ライリーはやたら緊張をしている。

 騎士たちは「こんなガキいたっけ」という顔をしたが候補生と名乗ったのと顔面の腫れが酷くなったのでまったくバレなかった。

 むしろ「あーあ、ヘタこいて殴られたんだな」と同情的な顔をしている。

 こいつらホント良いヤツらだな。


「終わり次第! 行進の練習をせよとのご下命ですので! 遅くなります!」


「メルビン候補生! あいわかった!」


「ありがとうございます! ローズ卿、お送り致します!」


「は、はあ。ありがとう……」


 ローズ伯爵はテンションを下げながら返事した。

 あとで仕返しなんてしないって。


「おとこー! おとこー! おとこーのゆうじょうおー!」


 こうして俺たちは無事に銀羊宮の外に出られたのだ。

 それにしても皮肉なものだ。

 無駄だと思っていた訓練が俺の役に立つとは。

 ……行進侮れねえ。

 今度は真面目にやってやろう。


「それで、エリック様をどこに運ぶんですか?」


 帰り道でゲイルが聞いた。


「ゲイルの部屋です。そこで治療してください」


「お医者様じゃなくていいのですか?」


「信用できません。ではローズ伯爵、部屋まで送って頂いたらギュンター将軍に報告お願いできますか?」


「御意!」


 こうして俺は大事な切り札を手に入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る