第13話 残滓

 二人は知り合いなのか?

 その時、俺の中で疑惑が鎌首をもたげた。

 もしかして……俺を殺そうとしているのは実母のメリルなんじゃ……

 い、いやヒ素のことを知っているだけで断定はでき……ない、はずだ。

 そ、それに……確かにただの寵姫がヒ素のことを知っているはずがない……って違う!

 いやいやいやいやいやいや。

 寵姫は王の家臣扱いだが、実際は王の家族なのだ。

 ヒ素くらいは知ってておかしくはない。

 そんな言い訳をしながらも極度の緊張のためか、俺の口の中が急激にカラカラになっていく。


「昔はねえ、ネズミにこういうのを仕掛けたんだよ。ほら、わたしって庶民の生まれだからこういうの詳しいんだ」


 メリルはクスクスと笑う。

 その顔は我が実母ながら実に美しい。


「あ、あのヒ素ってどうやって作るんですか? 原材料は?」


「銀山から取れる石を粉にしてから焼くの。昔から使われてきた薬よ」


 なるほど。


「じゃあ馬銭って?」


「それもねずみ取りの薬ね。木の実よ。乾燥させた粉はゲイルから預かってるわ」


 そう言うとメリルは瓶をテーブルに置いた。

 あやしい……なぜメリルは馬銭を知っている?

 なぜそんなに毒に詳しい?

 俺が疑惑の目を向けるとメリルはふふっと笑った。


「ゲイルは笛を渡したでしょ?」


「う、うん。金魚のやつ」


 あのクソださい笛。


「あれは馴れないと吸い込んじゃうから使っちゃダメよ。卵に穴を開けて乾燥させたものの中に粉を入れて襲われたら投げつけなさい。ゲイルのレシピならそれでも気絶するわ」


 デスヨネー。

 それは俺も思ってたんだ。

 ……詳しい。

 詳しすぎる。

 そう言えばメリルの過去は謎に包まれている。

 街の踊り子をしていたとは聞いているが

 メリルを徹底的に調べねばならない。

 俺は密かに決断した。

 そして俺はメリルから情報を引き出そうとした。


「……つまり、ぼくを狙っているのは銀山の関係者?」


「そうとは限らないわ。ねずみ取りの薬は城下町でも買えるものよ」


 なんだ残念。

 この世界は日本と比べて劇薬の扱いがテキトーなようだ。

 俺が難しい顔をしているとメリルは微笑んだ。

 妙になまめかしくそして妖艶に。

 俺は固まった。


「うふふふふ。難しい顔しちゃって。お父さんそっくり。」


 ちょっ!

 誰があのしかめっ面キングに似てるって!?

 俺はあれにはならねえからな!!!


「安心して、馬銭の方はこの国では取れないわ


 ……はい?


「南方からの輸入が少量入ってくるだけね」


「な、なんでお姉ちゃんはそれを知ってるにゅ?」


 動揺でつい噛んでしまった。

 なぜ俺は格好つかないのだろうか?


「はい。この本あげる」


 メリルが本を俺に差し出した。


 『薬草』


 ゲイルの部屋にあった本だ。


「その本は地方の部族が使っているものまで網羅されてるわ。持って行きなさい。必ず役に立つはずよ」


「な、なんで母さんはそんなに毒に詳しいの?」


 言ってしまったあとで、とんでもないことを言ってしまったことに気づいた。

 俺は真実を知らない。

 公式ではそういうことになっている。

 たとえ噂がどれだけ広がっていようともそれを俺が口に出すのは許されないのは知っていたのに口に出してしまった。


「レオンちゃん。その言葉は二度と口に出しちゃダメ。あなたが正式な第一王子であることが、どれだけあなたを守っているかわかってね」


 言葉を紡ぐときだけメリルは真剣な顔だった。

 メリルは知っていた。

 おそらく俺がメリルが本当の母だと知ったことをゲイルから聞いていたのだろう。

 俺は人ごとのように思った。

 いや人ごとなのだと思い込んだ。

 どくん。

 脈が跳ね上がった。


「……すみません」


 どくん!

 我慢しろ!

 我慢はなれてるだろ!


「ううん。うれしかった。母さんなんて呼ばれる日は来ないと思ってたから……でもね……もうダメよ」


 どくんッ!!!

 我慢しろ俺!

 なあ、頼むから……


「……はい」


 我慢できたのはそこまでだった。

 次の瞬間、耳がジンジンと鳴りキーンという耳鳴りが耳の奥で鳴り響いた。

 脳は胃の中身を吐けと命令を発し、実際胃はどっくんどっくんと嫌な音を立てていた。

 えずきながら呼吸をし、上下の歯がガチガチとぶつかっていた。

 口の中は乾き、目からは汗が勝手に流れ落ちる。

 痛い。

 一度オッサンになるまで人生をやったというのに心が痛い。

 俺はシェリルを母親だと思ってるし、ちゃんと尊重している。

 なのになぜこんなにも心がかき乱される!

 どうしてこんなに心が痛むんだ!

 わかってる。

 これは理屈ではない。

 俺は涙だけは流そうとすまいとまぶたをギュッと閉じた。


「泣かないで」


「な、泣ぎません!」


 やはり噛んだ。

 俺はこんな時でも気の利いた台詞が出てこない。

 フィーナを使い捨てにするほど冷酷にもなれない。

 でも殺されるのも嫌だ。

 そう俺は……がんばっても俺はヒーローにはなれない人間なのだ。


「レオン、いい、聞いて。ゲイルを信じて。あの人は誰よりも信用できる」


「ひっく、誰よりも?」


「ええ。誰よりも」


 メリルは俺を抱きしめた。

 なんとも言えないいいニオイがした。

 シェリルが母だ。

 それは揺らがない。

 だが彼女も特別だった。

 このときようやく俺は理性ではない言葉にできない部分で彼女が自分を産んだのだと理解した。


 でも同時にメリルに抱きしめられながら俺は誰が犯人なのかを考えていた。

 ああ……罪深い。

 それだけ彼女たちが俺を思うとも、それでも俺は疑うのをやめないだろう。

 俺は自分の命が惜しい。

 ゴミ野郎なのはわかっているがそれでも俺は自分の命が惜しいのだ。

 それが前世の俺の残滓のこりかすなのだ。

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