第14話 ハイランダー
俺は廊下を幽霊のように彷徨っていた。
目が腫れていた。
最後にこんなに泣いたのはいつだろう?
前世で中学生の時に好きな子に告白してバッサリ断られたところをカメラで撮られてクラス全員に拡散、動画投稿サイトで全世界の晒し者にされたときより泣いたのは間違いない。
向こうは悔し涙だが、今はいろんな感情でぐちゃぐちゃになっている。
人間ってのはこんなにも複雑なものだったのか……
足は重く、肩からは力が抜けていた。
ゲイルはこんな時も陰で守っているのだろう。
前に出てきて笑わせてくれればいいのに。
すれ違うメイドや兵士がひそひそと話をしている。
そりゃこんなツラを晒してれば噂話の一つもしたくなる。
普段だったら無邪気なフリして騎士を質問攻めにして困らせてやるところだが、その時の俺はなにもしなかった。
俺には弁解をする気力もなかったのだ。
俺が幽霊のような様子で歩いていると眼鏡をかけた男とすれ違う。
厳しい目をした男だ。
いや正確に言うと怖いツラのおっさんだ。
良い仕立ての服を着ている。高位貴族で国のお偉いさんだろう。
普段なら無視するわけにはいかない。
言葉の一つもかけねばならない相手だ。
でもその時俺はとても疲れていた。
だから俺は気づかないフリをして通り過ぎようとした。
だが男は俺に声をかける。
「殿下、どうなされました?」
「あ、ああ、将軍……すみません……」
そう言う将軍は目だけが笑っていない。
名前は忘れた。
こんな怖いおっさんなら名前を忘れるはずがない。
つまり初対面だ。
だが軍服につけた勲章で身分はわかった。
名前がわからなければ身分で呼べばいい。
生活の知恵というやつだ。
「そうですか。お顔の色が優れないように見えますが」
やはり目は笑っていない。
台詞は優しいのになぜか俺は緊張状態になった。
いやマジで怖いんだってこの人。
顔が整っているからなおさら怖いのよ。
俺は一気に頭がクリアになった。
そしてくだらない妄想で恐怖を和らげることにした。
すいませーん。
この世界は子どもの情操教育に有害だと思いまーす!
てんてーに言いつけるわよ。
いーけないんだー いけないんだー てんてーにいってやろう!
よし、アホな妄想ができる。
頭は正常だ。
少し心も軽くなった!
とムリヤリ自分に言い聞かせながら半ばやけくそ気味に俺は話を続ける。
「あはははは。いえ……騎士団仕込みの練習が辛くて泣いてました。恥ずかしいので内緒にしてくださいね」
うっそぴょーん。
嘘をついたら少しだけ空元気が出た。
どうやら落ち込んだときは考えすぎない方がいいようだ。
こういう濃いのか薄いのかわからん嫌なおっさんもたまには役に立つ。
「ぷっ!」
俺が心の中で八つ当たりをしていると将軍が吹きだした。
どうやら笑いのツボを突いたようだ。
「いや懐かしい。私も騎士見習いになって一ヶ月くらいは毎日泣いてましたなあ」
いきなり将軍は破顔した。
その顔を見た俺は急に将軍が怖くなくなった……ような気がした。
おっさん……そういう顔もできるのか。
「冬を耐えれば春には虹の橋が架かる。北方の部族ハイランダーの言葉です」
ハイランダー。
前世ではスコットランドの高地人のことだったと思う。
なんでも勇猛果敢だそうだ。
たぶんこの世界ではハイランダーという言葉を使っているが、俺の知っているハイランダーとは意味が違うのだろう。
そこまで理解した俺は純粋に言葉を褒めることにした。
「素晴らしい言葉ですね。さぞかし素晴らしい人たちなんでしょうね」
「さあ?」
「え?」
「なにせ10年前に我が国が滅ぼしましたからね」
俺は思わず将軍の顔を凝視していた。
今なんと?
なんかサラッと怖いこと言ったよね?
将軍の顔は常に無表情だ。
だが、その目は暗く深い闇に続く穴が開いていた。
それは暗く、虚ろで、それでいて無だった。
んぎゃああああああああああ!
俺はなんとか残った気合を総動員して少女のような悲鳴を外に出さずにすんだ。
ちょッおまッ! 不意打ちは卑怯だろが!!!
顔芸やめれ!
泣くからな!
次やったら泣くからな!
「お元気になられたようで幸いです。ではまた」
将軍はそう言って会釈すると踵を返して行ってしまった。
俺は涙目だ。
しかも感動とかではない純粋な恐怖の涙だ。
この状態をお元気という将軍は確実に頭がおかしい。
なんで野放しなのよ。あのホラーキャラ。
「おっかねええええええええ!」
俺は盛大にため息をついた。
なにせ膝がガクガクと震えていた。
……正直に言うと少しちびった。
ほんのちょっとだけ。
どうかみんなフィーナには内緒にして欲しい。
俺みたいなクズでもなんと言うかメンツというか男のプライドのようなものがあるのだ。
子分にも女性にもこういう姿は見られたくない。
特にフィーナは女性で子分なので絶対に見られたくない。
マジで内緒よ!
これ俺とお前らとの約束な。
アレがフルメタルジャケットとかプラトーン的な意味で覚醒した軍人なのだろうか。
怖い……マジで怖い……
あの人、絶対本人の目の前で微笑みデブとかあだ名つけるタイプだ。
あくまで顔で判断しての感想だが。
むしろ覚醒した後の微笑みデブだ。
俺は本気で怯えていた。
情けねえ! 一発殴れ!?
死ね?
いやね! 俺はチートとかないの!
ただの10歳児なの!
わかる? 無理なの!?
チートキャラなら第一話で惨殺する盗賊に返り討ちにされるほど弱いの!
無茶言うな!
もう俺はその時、誰彼構わず当たり散らしたい気分だった。
ところが人の心ってのはわからないものだ。
俺はその時、メリルの目の前で泣いたことを完全に忘れていたのだ。
おかげでフィーナには酷い顔を見せずにすんだ。
……まあ。なんだ。
俺のちっぽけなプライドは壊れずに保たれたわけだ。
これはギュンターに感謝すべきなのだろうか?
俺は首をかしげながら自分の部屋に帰る。
「はいはーい。帰って来たよー」
ところが俺の目に飛び込んできたのは両腕を組んで仁王立ちするフィーナだった。
え? なに?
「王子! ご飯冷めちゃいましたよ! もう私作りませんからね!」
「……はい」
あっれえ?
「罰として朝は王子が作ってくださいね!」
「……はい」
あっれれー?
部屋に戻るとブチ切れたフィーナがいた。
せっかく作った料理が冷めたことに怒っている。
この怒りの前では俺が王子だとか、お前子分で家臣だろがという理屈は通用しない。
理不尽な怒りなのだ。
フィーナはガキンチョでもレディだ。
キレたレディの前では論理は意味をなさない。
特に同衾してお互いに馴れ馴れしくなっているからたちが悪い。
やり過ごすしかないのだ。
なぜ女性はご飯を作ると偉くなるのだろう。
この圧力には逆らえない。
本能的な意味で。
だから俺は大人しく謝る。
「すいませんでした」
「もう知らない! 殿下のバカ!」
「……はい」
どうして俺はこうも格好つかないのだろう。
……不思議だ。
他の転生者なら目が合っただけでフラグが立つのに!
「フィーナのご飯はおいしいです。大好きです」
暖かいご飯大好きです。
誰かと食べるご飯は楽しいです。
「ば、バカ!!!」
フィーナの顔は真っ赤だった。
あれ……?
いつフラグ立てたっけ?
もしかしてフィーナってツンデレなの?
「いいですよ! 反省したから朝も作ってあげます!」
うむ確認のためにもう一度言ってみよう。
「ありがとう。大好きです」
「だ、だ、だ、だいしゅ……ふにゃ」
なんだ面白えな。
こうして俺は新たなおもちゃを手に入れた。
言っておくが俺はロリコンではない。
そうだよね。マザコンだよね。って違うわー!!!
なお何度も言うが光源氏のように理想の女性を育成しようとかは……少ししか考えてない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます