第12話 書庫

「殿下。ではまた明日」


 俺を部屋に送ってきた二人はそう言うと宿舎へ帰っていく。

 くくく。アホどもめ!

 俺が部屋から出ないと思ってやがる。

 それに部屋にトラップが仕掛けられている可能性すら考えてねえ。

 やはりゲイルの方が専門家だけあって安心感がある。

 と、偉そうに言ったが実際問題として出かける気力はない。

 なぜなら……


「くそ! 死ぬ、マジで死ぬ!!!」


 俺は今にも折れそうな小枝のようになって部屋に帰ってきた。

 もうね。さんざんやらされたのだ。

 吐くほどやらされたのだ。


 行進を。


 バカじゃねえの!

 騎士団のカリキュラムじゃねえか!

 暗殺者相手に行進の練習の何が役に立つんだよボケ!!!

 あー、伝統が大っ嫌いになったわー!

 組み手に砂での目つぶし入れてくるゲイルの方が実戦的じゃねえか!

 ホント嫌になったぞ!

 俺が文句を言ってるとフィーナが来た。


「殿下が出かけてる間にゲイルさんがこれを持ってきました」


「おうよ。ってなんじゃこれ?」


 それは陶器製のやたら不細工な金魚の形をした笛だった。

 うわダッサ!!!

 ありえねえ。


「えっと使い方これに」


 フィーナが紙を差し出す。

 ほうほうどれどれ。



 目つぶしの作り方と笛の使いかた。


 灰、唐辛子粉、牡蠣粉、松脂マツヤニ粉、砂、砂鉄、馬銭マチン、ヒ素を混ぜる。

 笛に入れる。

 襲われたら大きく息を吸って笛を吹く。

 勝利。

 ※毒が漏れるので逆さにしないこと。



 この世界嫌い。

 ってなんだよ!

 ヒ素をどうやって手に入れるんだよ!

 ヒ素なんて……


 ……そうか!!!

 どうやって入手したのかが問題だったんだ!

 その考えはなかった!


「フィーナ! 書庫に行ってくる」


「え、王子! ごはんは!」


「戻ったら食べる!」


 俺は急いで走り書庫に向かう。

 なんかフィーナの地雷を踏んだ気がするが気にしたら負けだ。

 そして書庫のドアを蹴破ると部屋になだれ込んだ。


「……あらレオンちゃん」


 うなじの毛がぴりりと逆立った。

 栗毛、少し年は取っているがキャバ嬢だったら文句なしにナンバーワンだろう派手で整った顔、出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいるわがままボディ。

 部屋にいたのは俺の実母である寵姫メリルだった。


「め、メリル……様」


「やっだーレオンちゃん。なに様なんてつけてるの。おばちゃんでいいよ」


 正直言って27歳におばちゃんと言う度胸はない。

 「いいよ」って言いながら内心では「このクソガキひねり殺すぞ!!!」って思っているものだ。

 それは却下だ。絶対に却下だ!!!

 かと言っていつも通りの呼び名も……


「め、メリルお姉ちゃん」


 なんだか気恥ずかしいのだ。

 特に実の母親だと知った後では。


「はいはい。もうお姉ちゃんっていう年でもないんだけどねえ」


 またまたご謙遜を。

 と、ツッコミを入れながらも俺は無邪気なフリをして言った。


「うふふふ。メリルお姉ちゃんも調べもの?」


「うん、ちょっと詩集をねえ。寵姫って商売は詩の一つもそらんじないとバカにされるのよねえ。『あの無教養な女が!』って影でコソコソ」


 怖ッ!!!

 いつ聞いても王宮の女社会はどす黒いわあ。


「レオンちゃんは何を探しに来たの?」


「い、いや……あの……その……」


「うふふふふ! う、そ。ゲイルから聞いて待ってたの。馬銭とヒ素の作り方だよね?」


「ほえ?」


 なぜゲイルを知っている。

 いやゲイルは宮廷道化師だ。

 それ自体はおかしくない。

 そうだ、問題は……


 なぜメリルはゲイルと連絡を取っている?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る