最終章最終節「因果大戦」十四(彼等の原点②)

 光を放つその存在……タイプ・トゥルーブッダに、彼女は目を奪われた。

 きっと、この場に誰が居たとしても。心に迷いを持ち、救いを求める誰もがそうだったろう。だから、気付かなかった。

 次の瞬間には。島の周囲の景色は、廻り舞台のように一瞬に切り替わっていた。

 今までの何もない外海ではない。周囲には、島と船が見える。


「……は?」

「おオ」

 二者二様の反応。ノイラは困惑を漏らし。デミタナカは感嘆を漏らした。どちらも、答えには辿り着いた。

 最新の測位による現在地は、四国と本州の間。彼方にはが見える。

 つまり、一瞬にして島が動いた。或いは、時間が飛んだ。どれだけ非合理だろうと、それ以外では説明がつかない。

 

 仏法はその始まりより、ある種の神通力と深い関わりがあった。

 三明六通と呼ばれる、多様な神通智慧力。悟りに至るための道程。

 人工聖人達の目指した、そもそもの到達点。


 だから。その始点はじまりを象ったものが、それを使えることに何の不思議もなく。

「イッディ・ヴィダ……神足通じんそくつう。島ごと、か」

 ノイラは呟く。

 ブッシャリオン云々というよりは、もはや教養としての仏典に属する知識。

 変幻自在、顕現隠匿を自由とするもの。

 推測だが、エネルギー的に島と繋がっていることを利用して、島そのものを顕現させたのか。いや、この階梯の異能の前では、その推測すら無意味なのかもしれない。


 そもそも

「……前兆が何もなかったぞ」

 目の前の光る巨人は、いまだ座したまま。ブッシャリオンの密度変動すら感じない。

「多分。純粋な功徳とやらに近イ。人間にハ、観測できない領域のブッシャリオンでス。この身体なら、人ト機械を組み合わせた知覚なら、或るいハと思イましたガ。無理でしたカ」

 元来、功徳などの形而上的な働きを、人間に捉えられるように、使えるように固定化したものがブッシャリオンだった。

 故に、違う位相のものは人類には正しく認識・操作できない。

 黒いブッシャリオンは、機械知性ならば恐らく扱える。だが。人と機械知性に認識できるものしか見つけられていない、と。もしかすると、裏を返せばそういうことなのかもしれない。

 それを確かめるために、外法によって彼方へ旅立った者も居ると噂に聞いた覚えもあるが。本当のところは、定かではない。彼女の興味は、もう少しばかり卑近なところにあったからだ。それでも、

「……素粒子モデルが覆ったようなものだぞ」

 その重要性インパクトは解する。

 あまりにも静かに、世界が書き換わる兆しは広がっていく。


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 人類は、長年の努力と研鑽の果てにようやく奇跡の尻尾をようやく捕まえたに過ぎない。

 ブッシャリオンの深淵は深く、この世にはまだ、理解が及ばないことが幾らでも起こる。今はまだ、わからないものたち。


 ……だが、しかし。今この瞬間に。たとえ一瞬だけでも、人類の進歩が、そこに手を伸ばしていたなら。

 それを捉えられるがあったなら。

「……確かに、形而上領域で発生する出来事は普通なら観測はできない。でも」

 こう、考えたものが居たなら。

「ブッシャリオン同士の相互作用を使えば、のでは?」

 ブッシャリオンは、或る意味では形而上領域側にも実体のある粒子だ。

 だから、もし実空間から見えなくとも。「ブッシャリオンが別のブッシャリオンに与える影響」をトレースすれば。「見る」ことはできるかもしれない、と。

 アプローチ自体は、ドウミョウジ達が月面で行ったものに似ている。


 そして、それを可能とするデバイスは実在した。

 星の杖。PDD-004。アメノヌホコ。


 杖は、炉心から伝送される青いブッシャリオンを扱う端末。通信は途絶えても、エネルギー的には母艦と接続されている。

 本来は、大同盟と奇跡の使い手たち、そしてDDD……青いブッシャリオンの衝突を観測モニタリングするのが目的の機能だった。

 しかし偶然展開中だった杖に、思いもよらないものが引っ掛かった。

 青いブッシャリオンのざわめきが、何よりも雄弁にそれを記録した。


「……こんなことって、あるんだな」

 その観測システムの主、Dr.ヤミーは、巨大な移民船ヴァンガードの奥底で呟いた。 

 雄弁、とは言ったが。量子雑音の比ではない程、ブッシャリオンの観測情報はセンシティブだ。

 桃色、黒、そして青。複数種を重ね合わせた上で、月で回収したデータが無ければ、きっと見えなかった。それ程までに、儚い兆し。

 焦がれるほどに見つけようとしなければ、見えなかったもの。


「一体どうしたんだ?」

 ドウミョウジは、嗚咽と共に涙をぬぐい始めた同僚を見て、思わず聞き返した。

 美人の泣き顔というのは、どうにも心臓によくない。

「百年、動かなかった山が動いた」

 鼻をかみながら、ヤミーは続ける。

「Dr.ドウミョウジ。君は、間違いなくよ」

 奇妙な言い方だが、ある種の物理学には幸運が必要だとヤミーは知っている。例えば、自分が研究人生を送っている間に、超新星爆発を引き当てるような幸運だ。

 それは仏理の領域であろうと大差なく、否、より色濃く。月での出来事といい、目の前の男は、きっとそれを持っている。

「ブッシャリオンを使って空間を超える、が現れた」

「つまり、それは」


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「プランA'(エープライム)……ゲートが、開けるかもしれない」

 それは、半ば放棄していた筈の移民船団ダイダロス本来の計画の一つ。

 船の炉心本来の使途。星を渡るための道。

 人類圏の拡大。恒星間共同体の樹立。もはや星一つの命運に、人類の盛衰を左右されない世界という夢。

 移民船団の長、如月千里もまた、それを呟く。

 忘れていたわけではなかった筈。ただ、遠ざけていただけだった筈。

 人類の見た夢のような計画の中でも。あれは、飛び切りの飛躍した物語シナリオだったから。


 そう。彼女等は夢に生きる者だったというのに。

 いつしか、人の滅びに気を取られ、夢を忘れてしまっていたのだと。その真実に嫌でも気付かされる。

「Dr.ヤミーとDr.ドウミョウジに連絡を。現象解析と、観測リソースの焦点を軌道エレベータ基部と京都の爆心地へ。それと……『第三位』とのホットラインを準備してください。墜落したエリュシオンと位置が近すぎます」

「りょ、了解しました」

 今すぐに、とは行かない。けれど。は捕まえた。これから百年以上かかる筈だった旅路が、大きく圧縮された。

 なら、辿り着ける。彼女達はきっと、辿り着く。

「……こういうことって、本当にあるんですね。施しを受けたみたいで、なんだか素直に受け取れませんが」

 そうして、珍しく。彼女は愚痴をこぼした。

 或るいは、この出来事に「何か」の意志を感じたのか。それは彼女本人にもよくわからない。

 ムーンチャイルドの件の時は、辛うじて存在を感じ取れた。しかし、今回はそれすら覚束ない。誰がWho何のためにWhy、がわからない。

「そうですね。多分、やはりこれが……神仏のお導き、というものなのではないでしょうか」

 副長がそれを汲む。

「そういうものですか。しかし……まぁ、これで。

 千里は、当たり前のようにそう口にする。

 彼女は別に、地球滅亡を願っているわけではない。

 ただ、人類の存続と拡大の方が優先順位プライオリティが上なだけなのだ。

 彼女達の中で。星が滅びることと人類が滅びることはイコールではない。

 星を使いつぶしても先へ進むこと。星が滅びても、何千、何万、何億の犠牲を出そうとも。人類が広がること、生き残れることが彼女達のそもそもの存在意義なのだから。


 得度兵器の進める弥勒計画は、地球の惑星環境のみならず、人類を滅ぼす危険のある計画だと彼女達は認識している。と、いうよりも。得度兵器のみならずそのものを依然として危険視する見方も強い。

 月事変における最悪の想定。弥勒計画のコアの完成は、既に現実のものとなりつつあるというのが最新の分析だ。

 だから、対仏大同盟による計画中枢……補陀落人工島の奪取と移動は、好機とさえ思われた。もしも、可能であるならば。キョート・グラウンドゼロと弥勒計画中枢のフダラク・ベース両方を一挙に消滅させ、憂いを絶っておきたい。たとえ、惑星に多少のダメージがあろうとも。


 そして、彼女達は、星を滅ぼす力を持っている。

「A'に必要な情報収集が終了次第、弥勒計画の基点、並びに中枢得度兵器をします。キョート・グラウンドゼロにPDD-002『ミラー』の照準を準備。惑星環境影響をレベル3まで度外視、B群以降の全在庫、フル出力までの使用を『ダイダロス』計画総代表の名の下、許可……します」

 母なる星を、焼き尽くす力を。

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