最終章最終節「因果大戦」十三(彼の原点②)

 中枢から島の全体へと巡っていた徳エネルギーが、反転し中枢へと流れ込む。

 大気中のブッシャリオン濃度が跳ね上がり、ホログラフめいた白い蓮の花が同心円状に咲き乱れる。


 その中央に顕現するは、天をつく巨大な展開図。曼陀羅模様。

 只人ならば、天を仰ぎ、地に伏すだろう。

 だが、徳エネルギーの深奥を相応に識る彼女は、その『正体』を知っている。

「……マンダラ・サーキット」

 ブッシャリオンを抽出するためのキーパーツ。

 実空間へブッシャリオンを顕現させる回廊。その『中身』、構成式だ。

 つまり。島全体を徳エネルギーの炉心に見立て、このサーキットにエネルギーを集中させる。

 間もなく、膨大なエネルギーの徳エネルギーが濃縮し、相転移を起こすだろう。

 トゥルーブッダ。真なる仏。先ほど口にした、その意味は。

「……ここで、もう一度起こすのか」

 そうすれば、どうなるか。地上に浄土が溢れ出す。この星はまた、この世ならざる境界の向こう側に蝕まれる。

 対仏大同盟は、人工的な徳異点の創造を……

「いいェ。

「……違うのか?」

「…………コノ島を、わざわざキョート・グラウンドゼロ近くまで引っ張っテきて、何が悲シクテもう一コ爆心地を作らねバナラナイのか」

 それはそうだった。既に開いた穴がある以上、ゼロから作り出すのは道理に合わない。

「我々は、態々をグラウンドゼロから除けるために、同志レイノルズを犠牲にしたというのに」

 だが、それならば何をする気なのか。

 何をするにせよ、徳エネルギーの流れが変わり、島の防衛システムが機能不全に陥ったであろう今のうちに、何もかもを叩き潰したほうが良い、と直観は告げている。

 ……しかし、既に『濃度』が上がりすぎた。

 肌で感じる今のエネルギー水準は、並みの重聖地程度を遥かに超えている。中心部はキョート・グラウンド・ゼロに届きかねない。

 爆発寸前の爆弾のようなもの。抑え込むにも、散らすにも、時間も手数も足りない。

「……ならば。お前達の『答え』を見てみたい」

 それもまた、偽りのない答え。

 諦めたわけではない。

 伝え事とはいえ、「超えてみせろ」と啖呵を切ったからには見届けねばなるまい。

 ……それに。相手が人間に限りなく近い体に収まっている以上、目的と無関係な自滅はすまい、という計算もあった。


 だから代わりに、彼女は手慰みに、辺りに咲いた白い蓮を摘み取った。

 白い仏の花。曼陀羅華。

 ……それは。諸仏が姿を現す折に、天より降るとも伝えられる。


 天空に座す曼荼羅模様の回路は折り畳まれていく。一ヶ所に固まっていく。

 ごくごく小さな、地上へ極点へ目掛けて。何もかもが収斂していく。


 彼女はそこまで詳しいわけではないが。曼荼羅とは、密教の語る宇宙である。

 それが巻き戻されていく。宇宙が始まりに戻される。

 世界がそこから始まったならば、天上天下に尊いものはこれだけであるとでもいうかのように。

(中心部は案の定、観測不能……か)

 高密度のブッシャリオンは、遅延波に干渉する。

 それは、功徳そのものが観測不能であることによく似ている。

 このまま行けば、巨大な点ができる。世界が裏返る。

 しかし、『圧縮』は臨界の手前で停まる。

 ようやく、極点のシルエットが認識できるようになる。


 それは、巨人だった


 とはいっても、得度兵器ほどの大きさはない。精々が3mほど。

 外見は、辛うじて人とわかる輪郭の、光る人型にしか見えない。


 問題なのは。その「密度」と……「組成なにでできているか」だ。

「……対仏大同盟。タナカ。お前達は、何をした?」

 疑問を言葉にしたその瞬間、すべてが腑に落ちた。

 何故、反応を臨界の手前で停めたのか。

 何故、彼等がこの場所を狙い、グラウンドゼロへと近付けているのか。

 きっと。すべては、通過点だったのだ。ここへ到達するための。

「何とはいってモ、組み上げただけですガ」

 あれこそが、核だ。儀式のための依り代だ。

「構成材質の1割程度。全身分は揃わずとも、『本物』だけをかき集めてモ、このサイズになってしまいましたガ。まぁ、論理的帰結としては、『大きかった』のか、『大きくなった』のカ」

「……やはり仏舎利の塊……動く徳異点か」

 仏舎利搭載型得度兵器のように、一欠片だけのサンプルという水準レベルではない。

 あの人型……否、機体の殆どが仏舎利そのものでできている。

 むしろ、仏舎利の隙間を埋め、高密度のエネルギーで得度兵器を作り上げている。

 それが地を歩いている。ありえない。

 それは、謂わば、徳の爆発をそのまま人型に押し込めたようなもの。

「今はまだ、ほんの試運転ですが……貴女に勝ち目はありまセン。その身が、徳の輝きで動く限り。貴女のエネルギーは、仏舎利から垂れ流しの力を束ねたもの。『欠片』が『本体』に敵うはずはない」

 謎は多いが。彼女は既に、おそらく近い存在を知っている。

「…………『ムーンチャイルド』を真似たのか。……この手を使うために、人間の体に態々収まったか」

 あんなものが稼働すれば。彼等、対仏大同盟のブッシャリオンは瞬く間に塗りつぶされるだろう。人が求めた、救いの光に。

 だから、人の皮を被ったのだ。如何なる歴史の偶然か、同じ名を持った男の皮を。

「はイ、いいえ。それは、結末を見届けるために」

 デミ・タナカは微笑んだ。

 そして。只でさえ膨大な徳エネルギーの塊に、彼等は意志を付与してしまった。

 ブッシャリオンは、情報を蓄える。膨大なエネルギーに意志が宿ることは、想定されうる。

 なら、次に問題となることは単純だ。それは、誰の意志なのか。

 光る巨人は、ただそこに座す。


 タイプ・トゥルーブッダ。

 それは、この末法の世に。仏が現世うつしよに在るという矛盾そのもの。



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ブッシャリオンTips タイプ・トゥルーブッダ(Lv.1)

地球上に保管・落下した仏舎利の約7割を集積し、成型した得度兵器。もはやそれは、得度兵器というよりも「意志を持った仏舎利の塊」に近い。

身体の大部分がオリジナル仏舎利と固定化した徳エネルギー流で形成されており、ただ在るだけで徳異点に近い異常を引き起こす。

全高は3m程度だが、形状・サイズは変動する可能性がある。


対仏大同盟が計画のために使用しているが、使用されている技術レベルは現状の得度兵器の先を行くものであり、出自は謎が多い。

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