最終章最終節「因果大戦」拾伍(目覚め)
奥羽岩窟寺院都市。
ガンジー達が旅立った後も。ランダウ・グレハの遺言、或いは謎かけの解析は進んでいた。
マイスタージンガーとやらの件だけではない。胡乱なものを含んでいるとはいえ、人工聖人の深奥に迫る一級資料である。解読すれば、益するところは大きい。この世界に、まだ見ぬ同胞が居るやもしれないという希望。
そして、未だブラックボックスを含む人工聖人の能力原理を解析するためにも、それは必要なことだった。
「……これは」
その途中で。
解析を行っていたテクノ仏師は、ある違和感に気付いた。気付いてしまった。
良く知る筈がゆえに、後回しにしていた資料の束。モデル・クーカイたちの資料の内に、答えはあった。
モデル・クーカイはオーバー徳ノロジーによる被造物だ。
故に、作ったものがどれだけ想定外の動作をしようと、「どうやって作ったか」の仕様は残っている筈。
人工聖人計画そのものが大きな
だが、それを除いても。岩窟寺院都市に所属している/いた空海たちの中で。
一人だけ、仕様が実態と明確に解離している者がいたということに。
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木を隠すならば、森の中という言葉がある。
その言葉の通りに。嘗てのランダウ・グレハは人工聖人たちの中に別の存在を隠した。モデル・クーカイの中に、他のプロジェクトの残滓を隠蔽した。
秘匿コード、マイスタージンガー。
その暗号名には、いくつかの意味合いがあるが。一つはつまるところ、歌い手を「
古代より、宗教施設が教育機関を兼ねる例は数多く。中世ヨーロッパにおける「
それは、教えを密とする人工聖人計画の端緒とは真逆に位置する道。けれど奇しくも、得度兵器が奇跡を手にしたように。異星からの帰還者達が、その入り口に立とうとしているように。誰かが通った道を、続く者が歩くことが知性だとするならば。「彼」は、その最初の誰かなのだろう。
秘匿コード、マイスタージンガー。
その仮初の名を。モデル・クーカイ シリアル33。
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ふと、目を覚ました。
世界の果てを、垣間見たような心地がした。いや、確かにあの時、己は世界の果てに立っていた。
人の
空の下には、海が広がっていた。己は、その海の上を駆けた。己の身を焼きながら。
そうして、二度と醒めぬ眠りについた筈の自分は、巨大な何かに揺り動かされるようにして目覚めた。
まるで
本物のNo.33は既に消えている。
ならば、そもそも自分は何者なのか。
そんなことを悩み立ち止まる時間はない。
人生は、只でさえ苦悩と試練に満ちているのだから。
今この瞬間にも、脳の中に
目を覚ました自分のもとに、テクノ仏師が駆け寄ってくる。
「君も、あの光景を見たのだろう」
ブッシャリオン制御用脳内インプラント複合薬剤、モデル・サイチョー。嘗てのテクノ仏師は、インスピレーションを導くための起爆剤として使用していたが。彼はその果てに、「何か」の姿を垣間見た。
ガンジー達が見た、数多の目を持つ肉塊。
……それは、彼も似たような場所に辿り着き、何かと出会っていた証左であるのだろう。
「モデル・クーカイ専用兵装を出してくれ。それと……」
今や、この岩窟寺院都市に残された最後のモデル・クーカイは、その覚悟を口にする。
「都市の備えを、使わせて欲しい」
この岩窟寺院都市は、政府機能を退避させるシェルターとして作られた。
故に、そこから更に逃げ出す用意がある。時代遅れの化学ロケット。宇宙拠点が健在である、という想定で作られた、夢想の片道切符。設定を変更すれば、弾道飛行で地球上のどこへでも僅かの間に辿り着ける。
だが、どこへ? 今、己は何処へ行くべきか。辿るべき道は二つある。
一つ。全ての異変の中心へ向かう道。今やこの列島に半ば食い込んだ、フダラク・ベース。そこでは、目覚めた得度兵器が何事かを試みている。
一つ。仲間たちを助ける道。対仏大同盟が仲間たちと激戦を繰り広げる関東北部。そこでは、嘗て寺院を襲った得度兵器たちの主が同胞たちと戦い続けている。
どちらを選ぶのか。どちらを捨てるのか。
全能ならざる身に、後戻りは効かない。どちらを選んでも、退路は無い。
しかし、それでも。この異変の中枢を放置すれば。何もかもが覆ってしまう。
誰かが押しとどめなければ、
そう。「誰か」が。
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