最終章最終節「因果大戦」十一(彼女の原点①)
得度兵器・地上第二拠点「フダラク・ベース」。
現・海上移動要塞「補陀落」。
居住区や工業プラント、巨大航空機専用滑走路まで併せ持つ人工島は、本来、軌道エレベーターの基部として設計されたメガフロートであり。徳カリプスによる軌道塔崩壊以後、この島は得度兵器の居城となり果てている。
エネルギー供給源として世界中から搔き集められた仏舎利を擁し、全世界から接続されたエネルギーラインを以て、断続的に徳エネルギーの結界(フィールド)すら発生させ続ける異境。
皮肉にも、その光の眩さは。物質文明全盛であったころの輝きを凌駕しているとさえ思えた。
もはや、島そのものが一個の巨大な得度兵器。大気中のウィルスすら、瞬く間に浄土へ召される、純正人類の生存を許さぬ魔境だというのに。
それでも、この島は。この島が嘗て続いていた場所は。
「彼女」にとっての始まりの場所なのだ。
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『この場所から見える世界の全てが、君と私のものになるだろう』
すべてが、戯言と消え果ても。
あの言葉が、世界が終わる前の泡沫の夢に過ぎなかったとしても。
「此処は、私が兄さんと初めて会った場所なんですよ」
思い出だけは、残るものだから。それが、生きていくということだから。
それは、夢、或いは感傷と言い換えても良いのかもしれない。
実の両親に売り渡されたことを、思わず忘れてしまう程に。彼の見せた夢は、まだ幼い少女には眩かったのだと。
変わり果てた島を前にして、彼女は。ノイラは、改めて思う。
あの時はまだ、兄は兄で。彼は、王だった。
「……少し、若い身体に『作り直した』所為か。時折、妙な気分になるな」
誰に聞かせるともなく、ノイラは独りごちる。
南極大伽藍製の新造体。外見で言うならば、二十歳に届くか届かぬかの身体。
別に、進んで若作りをしようとする気は無かったのだが。もし、馴染の者と戦うならば、この方がいいとは思ってのことだ。
過去に立ち向かうならば、この姿の方がいい。今と戦うならば、彼等が知らぬ姿の方がいい。誰と戦うのかを明瞭とした、彼女なりの決意。
「それとも……再び、此処を訪れたか故か」
そこまで考え、思考を切り替える。島の徳エネルギーの循環からして、『大同盟』は島の機能掌握を完了していると考えて良い筈だ。
「黒いブッシャリオン」にとって毒となる徳エネルギーに密度は、一部を除き減少を始めている。
とはいえ、せいぜいが並の重聖地レベルになっただけだが。そのホットスポットを見れば、自ずと敵の所在は見えてくる。
「というわけで、見ていることは気付いているぞ。そこの某」
「いや、寧ろ他人の家に上がり込んで『気付いているぞ』と言われても、当たり前だと思うンですが」
ぬるり、と。そういう擬音が似合う佇まいで、一人の男が物陰から姿を現す。
ぶかぶかの白衣に、ボサボサの髪と丸眼鏡。
「初めまして、でいいんですよね。タナカです」
「……ノイラ」
「良く存じております。敬意を表すためにヒゲも剃りました。他はキャラクターなので、御勘弁を」
「タナカ、と言ったか。何故にその名前を名乗る?」
「それよりも、色々聞きたいことがあるンですよ。それに答えてくれたら、答えます」
両者の間に、妙に弛緩した空気が流れる。
「……てっきり、戦闘になるとばかり思っていたが」
「ご冗談。戦闘部隊はいまお留守ですし。流石に、人類が生み出した芸術品を相手に正面切って戦いを挑めば、どうなることやら」
「今はこの有様だが」
謙遜もあるが、それは事実だ。手の届く域の技術の粋は集めたが、嘗ての身体にはまだ及ばない。
「でも、その気になれば、この島の半分を沈める程度はできるでしょう、アナタ」
「否定はしない」
「…………三帝連合の嗣子が、何故、私の『元ネタ』と手を組んでいるのやら」
「利害が一致したからだ。そして、今回。再び利害が一致した」
それよりも。
「タナカの名前の由来は、やはり其処か」
「はい。田中ブッダです。お見知りおきを」
「……成程。自分の名前を見つけられない哀れな存在というわけか」
「フォロワーですよ。これからオリジナルに『なる』んです」
奇態な成りをした男は、そこでようやく感情らしきものを見せ、笑った。
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